「煙たい」から想像したアナザーストーリーとは?

山口 「煙たい」からは、どんな「妄想」が浮かびましたか?

伊藤 JR大塚駅から徒歩10分の8階建てのマンション、このエントランスと道を挟んだ小学校の校門は向い合っている。近所にはこのマンション以外は2階建て以上の建物は見当たらないし、都電荒川線が走る景色は下町っぽさを演出している。陽があるうちは小学生たちの遊ぶ声が響いているし、暗くなると近所の塾帰りの中学生たちが自販機の前でたむろしていたり、会社帰りのOLなんかが買い物袋ぶら下げて足早に帰ってゆく姿が毎日繰り返される。だけど夜も23時を過ぎると途端に人気がなくなり、それまでとはまるで違う影を落とすようになる。そんな場所にぽつんと立つマンションは、何時までも明かりが灯り、少し場違いな顔をしている。

 24時15分、マンションの前に一台の車が現れる。小学校の校門の前のスペースに片輪を乗り上げ、エンジンをかけたまま静かに呼吸するように止まっている。窓は小指1本程度に薄く開けられ、そこからは煙草の煙が這うように忍びだしてくる。5分ほどするとマンションから女が現れる。20代半ばで黒く長い髪をなびかせ、部屋着にちょっと薄手のコートを羽織った程度で手ぶらだ。そして車に乗り込む。

 24時40分、時折車の中でライターに火がつけられ、そこには彫りの深い顔が浮かび上がる。窓からは煙と共に男の低い声、そして女の小さな笑い声。24時55分、2人が車から出てきて数時間前まで中学生がたむろしていた自販機の灯りに白い影を映す。ビタミン色の炭酸飲料を買い、2人でそれを交互に飲む、男が静かに笑う、女も笑う。そして、少し黙ったあとキスをする。25時ちょうど、女はマンションのエントランスに消えてゆく。男はペットボトルをゴミ箱に投げ込み、タバコに火をつける。小さな思い出し笑いをしてから車に乗り込み、新宿方面にハンドルを切る。そして、マンションの8階の窓がロウソクの火のように少し揺れた。

山口  今回もアナザーストーリーですね。好きな歌詞でも違う世界が浮かぶんですね。

片平里菜「誰もが/煙たい」
ポニーキャニオン 2015年2月25日発売
通常盤[CD]1,200円、完全生産限定ライブDVD盤[CD+DVD]2,300円(税抜)
■片平里菜は1992年生まれ、福島市出身のシンガーソングライター。2013年8月にシングル「夏の夜」でメジャーデビューを果たす。今回のシングルの完全生産限定ライブDVD盤には、マイクおよびスピーカーなしで行った生声ライブの模様が7曲分収録されている。
■「煙たい」作詞・作曲/片平里菜 編曲/石崎光
■オフィシャルサイトURL http://www.katahirarina.com/

2015.02.14(土)
文=山口哲一、伊藤涼