流れに身をまかせて17歳でイタリアへ

 私が高校2年生のときでした。母がいきなり「高校をいったんやめて、イタリアに行きなさい」と言うのです。何を言い出すかと思えば、高校をやめろと(笑)。じつは、ヨーロッパ旅行で出会った例のおじいさん、マルコという名前なのですが、「マルコさんが、イタリアに来たら画塾と先生を紹介してくれるって言うから、もう行くしかないわよ」とのこと。母の口癖は「〇〇するしかないわよ」なのですが、このときもそうでした。私の言い分は聞いてもらえません。選択肢がないんですよ。

 当時、私が通っていたミッションスクールでは、髪の毛は肩より長かったら三つ編みにしないといけないという規則がありました。私は三つ編みにするのが嫌なので、ドレッドヘアみたいに小さい三つ編みにして束ねていました。そうしたら、シスターに「ヤマザキさん、いい加減にしてちょうだい。髪は顔のフレーム(額縁)よ」と言われ、私は「フレームなんていらないんですけど」と言って、翌日、髪を全部剃って学校に行きました。

 あの頃はパンクに傾倒していたこともあって、抵抗なくスキンヘッドにしたのです。母はすぐさま学校に呼び出されましたが、「お宅のお嬢さんはわたくしどもの学校教育に向いているかわからない」と、暗に退学を示唆されたのかもしれません。真相はわかりません。でも、そんなこともあったので、母は「学校をやめてイタリアに行きなさい」と私に提案をした可能性もなきにしもあらずです。

 そのころ、私は時間があるとせっせと油絵を描いていました。だからなおさら、人にはフレームがなきゃいけない、という意味がわかりませんでした。キャンバスだけでも十分でしょ、髪を顔のフレームにたとえるなんてばかばかしい、と思いながら道を歩いていたら、工事現場のおじさんに出会いました。

 そのおじさん、ヘルメットをパッととったらスキンヘッドで、カッコよかったんですよ。それが髪の毛をすべて剃ってしまうという決断のきっかけになりましたが、速攻でカツラを買わされました。そのカツラという規制に対しても自分の中で腑に落ちないものを抱えていたんです。そういうこともあったので、母の提案を受けようと思いました。

自分の好き嫌いで進む方向を決める生き方をしない

 私は留守番ばかりしていた子どものころから今に至るまで、自分の好き嫌いで進んでいく方向を決める生き方をしてきていません。ある状況に置かれたら、それと向き合うのみ。そうすると、きっと何か、私に見合った結果が出る日がくる、という考え方なんです。

 当時、私はイタリアにはまったく興味も関心もありませんでした。そのころの私は反社会的なパンクに憧れていたので、イギリスのロンドンのほうにむしろ強い関心があった。イタリアに関する知識といったら、みんなシマシマのシャツを着て、女ったらしで、昔の人形劇のキャラクターでトッポジージョというネズミがいたんですが、それくらいしかイメージがありません。でも「まあ、いいや、なんだかわからんけど、流れに身を委ねよう」ということでイタリアへ発ちました。

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