もし母が今もいて料理してくれるなら「全部やって!」ってなります
――荒野さんは「食べることは好きだけれど、料理はさほどでもない」なんて言われますね。意外でしたが、そのへんどうなんでしょう。
井上 「料理がきらい」というような人の「きらい」ではないけど、もし母が今もいて料理してくれるなら「全部やって!」ってなりますね。料理は、28歳の頃にひとり暮らしを始めるまでせず、母親に任せっきりでした。母は本当に料理の鉄人レベル。盛り付けもすっごくきれいで、お刺身なんかもフッと盛って、きれいになる。母にもっと習っておけばよかったと思います。
――料理はし始めの頃から、わりに難なく料理できたほうでしたか。
井上 少なくとも、自分でおいしいと思うものは作れていましたかね。母がやるのを見ていたし、分からないときは母に電話して聞いて。でも一回、失敗しました。アマダイの切り身を買ったんですけど、母から「塩水に一晩漬けてから焼くといいのよ」って聞いてそうしたわけです。
――なるほど、すこし身を締めて。
井上 そうそう、でも「冷蔵庫に入れて」一晩おく、というのは常識だと思って母は言わなかったのね。私そのままにしちゃって、暑い頃に(笑)。翌朝すごいにおいがしたので「これ食べられるの?」って母に聞いたら、「やめなさい!」って。
――そのまま食べないでよかったです(笑)。荒野さんは大の肉好きともよく書かれてますが、今の年代になって食の好みの変化などはありますか。
井上 今もお肉好きだし、食欲も変わらないんだけど、いっぺんに食べられる量はやっぱり減りました。ペース配分を考えるようになって。だから会食にはひとり、すごく食べる人を入れるようにしています(笑)。
――『リターンズ』の郁子たちは今も快飲快食で、読んでいてうらやましかったです。今後また私たちは、3人に会えそうでしょうか?
井上 そうですね……オファーによってはありえるかな。でもあと何年か経たないと書けないと思います。まだまだ自分の中で、三人が今の歳のままなので。そしてもし数年後に書き始めたら……誰かひとりぐらい死んじゃったりして(笑)。
――いやいや、そんな(笑)。昨年は『照子と瑠衣』がNHKでドラマ化されました。「キャベツ炒めに捧ぐ」も期待してしまいます。荒野さんご自身がかなりのドラマや映画好きでもありますが、脚本に興味はありますか。
井上 もし「やれ」と言われたら、すごく頑張ってやるかもしれない。というのも、自分の書いたものが映画やドラマになるの、やっぱり不満はあるわけですよ。どうしてここ、セリフで言わせちゃうのかな……とか、ここは場面だけで分からせてほしいとか。自分で脚本をやってみたら、難しさが分かるかもしれない。自分ならどのくらいそういうことができるだろう、と。だから一回はやってみたいなと思います。脚本の書き方なんて全然分かってないけど(笑)。
――特にお好きな映像化作品はありますか。
井上 ドラマでは『潤一』ですね。映画だと、短編の『帰れない猫』が原作の『愛してる、愛してない』。起承転結のない地味な話ですが、韓国のイ・ユンギ監督がすごくいい映画にしてくれて。この小説のことをとてもよく分かってくれてる、とうれしくなりました。主演がヒョンビンなんですよ。その後に『愛の不時着』を見てる途中で「あれっ?」って思って(笑)。
※荒野さんは『愛の不時着』にハマって、『僕の女を探しているんだ』というオマージュ短編集を書いたことがあるほどの人。
――ちょっとプライベートなお話も。昨年に免許を取られましたね、乗るのがとても楽しいとか。
井上 自分で運転して、いろんなところに行けるのがすごく楽しい。どんどん遠くに行ってみたい。でも高速にまだ乗れてなくて。夫は「高速は一緒に乗りたくない」って(笑)。うちのほうは山道で雪が降るから四駆が必須で、ハスラーという車に乗っています。ただハスラー乗ってる人、本当に多いんですよ。スーパーに行くと10台ぐらいいるの、それがちょっとやだ(笑)。時間があったら、とにかく今はドライブしたいですね。
――では最後にお聞きします。これが書きたいというもの、今おありですか。
井上 ミステリーを書きたい。というのはね、三島由紀夫と古本に絡むちょっと面白い話を聞いたんです。これ、ミステリーにしたら面白いんじゃないかと思って、夫と夢中になって筋を考えたんですよ(※荒野さんの夫は古書店主)。出すのは来年ぐらいになると思いますけど。
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井上荒野(いのうえ・あれの)
1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。1989年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞し、デビュー。2004年『潤一』(新潮文庫)で第11回島清恋愛文学賞、2008年『切羽へ』(新潮社)で第139回直木賞を受賞。『あなたがうまれたひ』(福音館書店)など絵本の翻訳も手掛けている。
聞き手 白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに執筆する。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)、『台所をひらく』(大和書房)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。旅、酒、古い映画好き。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

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