地下鉄でのキスシーンが彷彿とさせる「あの名作」

 「愛する男二人が踊る」という映像言語の頂点には、長らくウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』が君臨してきたといっていいかもしれません。台所でタンゴを踊るレスリー・チャンとトニー・レオンも素晴らしいです。

 しかし、本作が提示するステップは、あの名作が描いた「停滞」を鮮やかに更新していきます。『ブエノスアイレス』のタンゴが、過去に戻ろうとし、狭い部屋で傷つけ合う、「終わりゆく愛の葬送」であるならば、『10DANCE』の競技ダンスは、広いフロアで未来を掴み取る、「生まれてくる愛の産声」です!

 ウォン・カーウァイが「恋愛の不可能性」をダンスに託したのに対し、Netflix映画『10DANCE』はダンスを通じて他者と繋がることによる、自己の拡張を描きます。

 劇中において、恍惚なキスシーンのある地下鉄のシーンでは、急に初期ウォン・カーウァイ作品のようなスロー演出やエフェクトがかかります。そこだけファンタジーのように浮いて見えるので表現方法に賛否はあるかもしれませんが、私はこれを大友啓史監督による「意識的な上書き」だったと受け止めたい(ただ、『ブエノスアイレス』同様に、本作もラテンアメリカの雰囲気を描く際に黄色がかった色調調整をしているのは、「発展途上」といったイメージでステレオタイプ化する表現になってしまっているので歓迎しない)。

「友情」という形に漂白されていたなら生まれなかった熱狂

 本作は、男と男が、互いの性別や役割やプライドをフロアに脱ぎ捨て、肉体という名の言語で、愛を、絶望を、そして希望を綴る物語です。もし、この作品が「友情」という形に漂白されていたなら、これほどまでに世界の熱狂は生まれなかったでしょう。

 竹内涼真、町田啓太という最高のキャストを起用し、世界配信で真正面からBL作品に仕上げてきた。そのことに心から敬意を評します(ついでにNetflixさん、公開予定だった『ソウルメイト』の配信予定もおしえてください)。

 そして映画という尺に収めるには、どうしても「もっと見たい!」という物足りなさが残るのも事実。でも、それならば答えは一つです。続編をお願いします!

 ラストシーンの先、二人が本当の意味で「ペア」になる物語は、まだ始まったばかり。本当の10DANCEを、私たちはまだ見ていないのですから。

Netflix映画『10DANCE』
​Netflixにて世界独占配信

出演:竹内涼真 町田啓太 土井志央梨 石井杏奈ほか
原作:井上佐藤『10DANCE』(講談社『ヤングマガジン』連載)
監督:大友啓史
脚本:吉田智子 大友啓史
企画・制作:Netflix
https://www.netflix.com/10DANCE