「花泥棒」は変わった作品で、〈(わたくし)〉と名乗る人物が〈あなた〉に語りかける形式で話が進んでいく。〈私〉は〈ヘルメス〉という体に装着する機器のカスタマーサポートとして働くイガラシミキコであることがやがて明かされる。しかし、それが判っても語りが持つ意味は読者には見えてこないのである。語りの進展と共にそれが少しずつ可視化していくサスペンスが本作の持ち味だ。作中で用いられるSF的設定に題名は由来しているのだが、描かれるのは現実と地続きの世界で、錐で突いたような鋭い痛みを残して物語は終わる。

窪美澄「凪のからだで生きていく」(「小説野性時代」特別編集2024年冬号)

 誰もが幸せな人生を送りたいのに、見えない(くび()に抑え込まれてそれが果たせずにいる。窪は、現代に生きる人の苦悩を描く作家であり、本作でも美点が遺憾なく発揮されている。

 語り手の〈私〉は一人暮らしをして東京の大学に通っている。遠く離れた故郷で彼女は、いつも息苦しい思いをしてきた。女性は家庭に入って子を産むのが義務、と考えられているような土地で、そこにいると枚方瑞穂という個人が存在する意味は無化されてしまう。地方出身者として東京の暮らしに馴染めずにいる部分もあり、瑞穂の心は揺れ続けている。

 現代に生きる女性を優しく応援するような小説で、生活の詳細が丹念に描かれることにより、枚方瑞穂という主人公が確固とした身体を持った人間として立ち上がって見える点が非常に好ましい。日々の暮らしに見出すことのできる小さな救済の小説とも言える。

米澤穂信「輪廻の果てまで愛してる」(「紙魚の手帖」12月号)

 今回の収録作で最も紹介が難しいのが(とう()を飾る本篇だ。第百六十六回直木三十五賞を受賞した『黒牢城』を初めとする著作の数々はあまりにも有名で、今さら解説の必要もないくらいである。〈古典部〉〈小市民〉といったシリーズものが最も読まれている作品だと思うが、案外知られていないのが、米澤は独立した短篇の名手でもある、という事実だ。そうした作品を収めた短篇集に『満願』(新潮文庫)などがある。未読の方はぜひお試しを。

 本篇は原稿用紙換算で二十枚に満たないという小品なのに、ミステリーとしての結構を十二分に満たした内容で驚かされる。〈あたし〉という女性の一人称で語られる小説で、どうしてそういう叙述形式なのかを含めた謎が、残り数行というところですべて解き明かされる。滝壺に落とされるかのような感覚を味わった。短篇、かくあるべし。

輪廻の果てまで愛してる 現代の短篇小説 ベストコレクション2025

定価 990円(税込)
文藝春秋
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2025.09.23(火)