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【相談】どうせ死ぬのに、なぜ、生きるのですか?

【お悩み】
どうせいつかは死んでしまうのだから、と思うと、何の気力も湧いてきません。現実がつくりもののように感じます。人はなぜ、生きるのでしょうか。
(33歳・女性)

 「人はなぜ生きるのか」という問いに、答えはありません。そもそも、私たちは理由を知らずに生まれてきます。理由を考えるのは生まれた後で、いわば「後知恵」です。「後知恵」が正しいかどうか、証明する方法はありません。何を言おうと、お伽噺と大差ないでしょう。ならば、「なぜ生きるか」は、意味や理由の問題ではなく、生きるかどうかという、決断の問題です。

 仏教は「たとえ苦しくても生きる」という人間の決断を尊ぶのです。その決断からしか、生きる「意味」は生まれません。言わば「賭け」です。生きることに賭ける。

 このとき大事なのは、自分が最初から他者に向かって開かれていることです。私たちの体も名前も、他人から与えられました。そもそも他者との関係から自己は織り出されてくるのです。ならば、自らの生を決断と共に引き受けるとき、この他者との関係性をより深く、広く充実させていくことを考えるべきでしょう。そこに「意味」が作られていくのです。

 生きる「意味」は、「ある」ものではなく、「作る」ものだと、私は思います。

» 【続きを読む】「死とは何か?」と問われて…恐山の僧侶による“答え”とは「大半の人は『死が怖い』と言いながら、別のものを怖がっている」

南直哉(みなみ・じきさい)

恐山菩提寺院代、霊泉寺住職。1984年出家得度。曹洞宗大本山・永平寺での修行生活を経て、2005年より恐山へ。小林秀雄賞受賞の『超越と実存』(新潮社)を始め、『禅僧が教える心がラクになる生き方』(アスコム)、『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮社)など著書多数。

恐山菩提寺

所在地 青森県むつ市田名部宇曽利山3-2
電話番号 0175-22-3825
開門時間 6:00~18:00 ※11~4月は閉山
入山料 700円
アクセス JR大湊駅より車で30分、JR下北駅より恐山行き直通バスで43分


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2025.08.12(火)
文=井口啓子
写真=平松市聖

CREA 2025年夏号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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