このように見て行くと、旧幕臣らが、大御所時代を、「隆盛の幕府」として語る所以が理解できる。彼らの中では、大御所時代以前と、十二代将軍以後に時代がわかれていたようだ。
この史料の稿本には、慶応三年(一八六七)から明治三年(一八七〇)まで、校閲や筆入れの跡があり、幕末に編纂されている可能性が高いことから、久住真也氏は、幕末の徳川将軍の衰運を視野に入れて書かれている、と指摘している。
そして、その境目は、将軍のあり方の違いでもある。
それまで、将軍は「権威」そのものであった。しかし、幕末におよび、将軍自身が対外関係などの「国事」に対応する「能力」を求められ、朝廷や諸藩とともに政治の舞台で役割を負う存在になったのである(久住真也『幕末の将軍』)。
混乱の時代、将軍のあり方がガラリと変わったことにより、「将軍側近」の姿も変わっていった。当然、幕府の姿が変わり、崩壊への道へと進んでいくことになる。
それでは、これから「将軍側近」の変遷を読み解きながら、約二百六十年にもわたった徳川政治の実態を明らかにしていく。
なお、本文中に、史料の原文を引用した箇所がある。江戸時代の人々の肉声が書かれている部分や、現代語では「言葉の力」が伝わりづらいと考えた史料については原文を記し、現代語訳を添えたり、本文中で意味を解説しながら紹介した。なお原文は、難解なものについては、書き下し文とした。ぜひ、当時の人々の「言葉」も、味わっていただきたい。
また、登場人物の年齢は、数え年である。
<はじめに ――「将軍側近」とは何か」より>


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2025.06.03(火)