あまった食材の使い切りや食べ切りって、いわば冷蔵庫内の“帳尻あわせ”。そして時に、おいしいものを食べて発散するのも“心の帳尻あわせ”的なこと。食と気持ちの帳尻あわせライフをつづる、フードライター白央篤司さんの連載です。
自分縛りから解放されて「ひとり二人三脚」ができるように
今年でツレと暮らして10年になる。ということは、会社員であるツレに弁当を作り始めてから10年が経った、ということだ。途中のコロナ禍でリモートワークになったので、数年間のブランクはあるのだけれども。だがこのブランクがよかった。作り始めて数年は、今思うと生真面目に作りすぎていて、しんどくなることが多かったから。
見栄もあったと思う。マンネリではいけない、栄養バランスや彩りも気にしたい、品数もそこそこほしい……何ひとつ向こうから求められていないのに、自分で勝手にこだわりポイントを増やして、それに縛られて、疲れた。正直「リモートになったから」と言われて心からホッとしていた。
ワクチン接種が無料でなくなった頃だったか、ツレは再び出社するようになる。しばらくして、「お弁当、また作ってくれたらうれしい」と言われたその言葉に、不思議なぐらいやる気を送り込まれて、作ってみようと思えた。そして作り始めて数日経って、以前より気楽にできるようになっていることに気づく。
どういうわけか「こうしたい、こうしなければならない」という自分縛りな気持ちが蒸発していた。毎朝起きて、何かしら作って詰めてるだけで、私はものすごくえらいと心底思う。「自分ほめ」がうまくなって生きやすくなってた、とも言えるけれど、どちらかというと自分を介助している感じがする。「ひとり二人三脚」ができるようになってた、というか。どうにも面倒くさいときなど、「ごはんと玉子焼きと梅干しが入っていれば充分だよ」とか自分にアドバイスして、「そうだ、そうだ」なんて言いながら朝の台所で笑っている。
