このような、将軍が自ら政治的手腕を発揮しなくても政務が滞らないシステムは、四代将軍家綱の時代に成立したと考えられている。将軍が、整備された政治機構の中で上申されて来ることを承認さえすれば、政治が動いて行く体制が形成されたのである。
しかし、だからといって、将軍の権力は縮小してしまったわけではない。それ以降も、五代将軍綱吉政権期の柳沢吉保や、冒頭の間部詮房のように、将軍がこれまで要職に就いた家の者ではなく、新しく抜擢することも少なくなかったのである。つまり、将軍はすべてを超越した政治権力を所持しているといえる(山本博文「総論 将軍権威の強化と身分制秩序」)。
よって家継のように、権威を発揮するのみの存在であったのか、はたまた五代綱吉や八代吉宗のように、自ら政治的手腕を示したのか、といった将軍のあり様とともに、その意志の伝達者である「将軍側近」が政治世界にどのように関わったか検討することで、徳川政治を読み解くことができるのである。
「将軍側近」から見る江戸時代の三つの時期
本書は、
第一章 徳川幕府創成期の将軍とその側近─初代家康から四代家綱まで
第二章 外から来た将軍とその側近─五代綱吉から八代吉宗まで
第三章 「将軍側近」と老中を兼ねる人々─九代家重から十一代家斉まで
の三章立てで構成されている。将軍側近の変遷からみると、江戸時代は、幕末の混乱期は別にしたこの三つの時期に、分けて考えることができる。
本論に入る前に、まずはその三つの時期を概観しておきたい(福留真紀『徳川将軍側近の研究』『将軍と側近─室鳩巣の手紙を読む』)。
【第一期】初代家康から四代家綱まで
徳川幕府創成期であるこの時期は、「将軍側近」自体が政治の中枢の担い手である。初代家康においては、当然ながら、家康に戦国期から仕えた家臣たちが最初の幕府の諸職を構成した。
また、生まれながらの将軍であった三代家光・四代家綱の場合は、幼少時から仕えていた側近が、将軍就任時から政治中枢に関わる役職に就いている。代表的人物には、家光政権期で「知恵伊豆」と呼ばれた松平信綱や、家光と衆道の関係にあったとも言われる堀田正盛などが挙げられるだろう。「将軍側近」が、将軍の成長とともに、幕府官僚に移行していくのである。
2025.06.03(火)