濡れた器に情緒を生み出すという発見
――ぼる塾の田辺智加さんをゲストに迎えた回で、田辺さんがされた「このお菓子を好きになった歴はまだ浅い」という旨の発言に、平野さんが「愛に歴、関係ないっす」と返されたのがとても印象に残っています。古参がもてはやされることが多い中、新規ファンだっていいじゃないかと改めて気づかせてくれました。

食というジャンルは、ともすると排他的になってしまうこともあります。番組を始めるときに、絶対にそういう番組にはしたくないと決めたんです。愛に歴は関係ないのはもちろんですし、詳しくても詳しくなくてもいい。開かれた番組にしたいと思いました。でも、必ずしも全部わかる必要はなくって、ただただ美味しそうで明日食べてみたい!と思うようなフードの回もあれば、研究者の方が、食と環境問題についてであるとか、おやつと労働について話をしてくれる回があってもいいと考えています。
それこそ、女工哀史の話をして下さった「おやつを笑うな」の回はとても印象に残っています。私たちの人生をエンパワーメントしてくれるような言葉を、法政大学教授の湯澤規子さんが、開かれた言葉でたくさん伝えてくれました。それをリスナーの方々にシェアできるのは素晴らしいですよね。

――ゲストの方々の人選は、平野さんご自身で決めていらっしゃるんですか?
はい! チームに相談しながら、私がお呼びしたい方をお招きしています。話したい人も、話したいことも尽きないですね。たまに「食について詳しくないのに、私でいいんですか?」と聞かれることもあるんですが、食事をとらない人はいないので、必ず何かしらエピソードを持っていらっしゃる。コントユニット「ダウ90000」の蓮見翔さんの「さっき食洗機から出た器でパスタを食わしてくれ俺に」という発言なんて最高でした。今まで濡れたままの器で出されると「あ、濡れているな……」としか思わなかったのに、蓮見さんとお話してからは、そこにおかしみを見出せるようになりました。対話には、自分が気づいていなかった世界の潜在的な面白さを引き出してくれる力がありますね。
――様々な発見や共感があると同時に、たくさんのおいしいが詰まっているから、この本を読んでいるとお腹が空いてきます。それも魅力ですよね。この本を制作している際に、平野さんは何を一番食べたくなりましたか?
うーん。なんだろう。「エリックサウス」のカレーかな。校了時にもUberで「エリックサウス」のカレーを頼んで編集者さんたちと一緒に食べました! おいしかったなぁ。稲田俊輔※さんの言葉に引き寄せられて、カレーが食べたくなりましたね。
※南インド料理専門店「エリックサウス」の総料理長。
平野紗季子(ひらの・さきこ)
小学生から食日記をつけ続け、大学在学中に日々の食生活を綴ったブログが話題となり文筆活動をスタート。雑誌・文芸誌等で多数連載を持つほか、podcast/ラジオ番組『味な副音声 ~ voice of food ~』(J-WAVE)のパーソナリティや、菓子ブランド「ノーレーズンサンドイッチ」の代表を務めるなど、食を中心とした活動は多岐にわたる。2025年3月に「ノーレーズンサンドイッチ」第1号店を東京駅にオープンさせた。
Instagram @sakikohirano

おいしくってありがとう 味な副音声の本
定価 2,310円(税込)
河出書房新社
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2025.04.23(水)
文=高田真莉絵
写真=平松市聖