「こんにちは。学校は終わったの?」

「はい。大ばあば! 来たよ~」

「おお、桃ちゃん。よく来たねえ」

 嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして繁森さんがゆっくり体を起こす。私はベッドの角度を変えて、クッションをはさんで背もたれにした。

 桃ちゃんのお母さんも部屋へきて、私に会釈をする。

「ねえ、大ばあば。来週バレエの発表会があるの! ママに動画とってもらうから、みてね!」

「もちろんだよ。楽しみだねえ」

 幼いひ孫の手を握り、瞳は喜びに満ちている。桃ちゃんも、はじけるような笑顔を見せた。

「ステップ褒められたんだ」

 こんなかんじでね、とベッドサイドで軽く踊って見せている。繁森さんは、

「じょうず、じょうず」

 と手をたたいた。

 繁森さんから伸びた枝葉のひとつが、こんなにも若くて明るい命へとつながっているのだ。

「卯月さん、今日忙しいですか?」

 日勤を終えて更衣室まで歩いているとき、山吹が声をかけてきた。

「いや、忙しくないよ。ちょうど大学院の課題が一段落したし」

「よっちゃん寿司いきません?」

「お、いいね」

 病院から歩いて十五分ほどのところにあるよっちゃん寿司は、私たちのお気にいりのお店だ。店先に大きな水槽があって、よっちゃんという名前のサメがいる。

 着替えて病院を出ると、五月の清々しい風が髪を撫でる。どこからか花のような甘い香りがして、思わず大きく息を吸った。

 お寿司屋さんの店内は、あいかわらず清潔で活気がある。「いらっしゃーい」という板前さんの威勢のいい声が響いている。

 山吹とカウンターに座った。

「あ、タッチパネルで注文ができるようになってますよ」

「ほんとだ」

 よっちゃん寿司は回転寿司だけれど、レーンの中に板前さんがいる。流れてくるお寿司を食べてもいいし、その場で注文して握ってもらうこともできる。少し前までは注文用紙が置いてあったが、それがタッチパネルになっていた。

「卯月さん、何食べます?」

「うーん、とりあえずビール。あと、ホタテ、甘えび、あじ」

2024.11.08(金)