「……もう胸がいっぱいでお寿司が喉を通らないです~」
と言いながらいくら軍艦をもりもり食べる山吹を見て、私までにやけてしまう。ふと千波と一緒に過ごした日々を思い出し、懐かしくあたたかい気持ちになる。
彼女には、もう会えないのだけれど……。
彼氏は「いっちゃん」というらしい。都内の病院の整形外科の看護師。背はそんなに高くないけど笑顔がかわいいところが最高で、山吹のことは「かなちゃん」と呼んでくれる。色白なこととクセッ毛がコンプレックスで、山吹はその両方とも好きだそうだ。ちょっと頼りない感じもするけれど、子犬みたいで放っておけないらしい。
私は、式にいたはずのいっちゃんを思い出そうとするけれど、まったく記憶になかった。それでも、山吹の話でずいぶんと彼のことを知ることができた気がする。
「そういえば、本木も元気そうでよかったですよね」
思う存分かたりつくしたのか、山吹がふと言う。
「本当にね。いまの仕事楽しいみたいでよかったよ」
本木あずさは浅桜のプリ子だった看護師で、数ヵ月間同じ病棟で働いていた。仕事がつらくなってしまい、一年目の夏頃に辞めて北海道の実家へ帰ったのだ。少し休んでから近所のクリニックで働きはじめたと聞いていたけれど、浅桜の結婚式の二次会で、辞めてから初めて会えた。すっかり元気で、ずいぶん明るくなっていた。自分らしく働ける環境をみつけられたようだ。
「あ、そうか。私がいっちゃんをぜんぜん覚えてないのは、本木としゃべってたからか」
本木とゆっくり話しているとき、たしか山吹がいない時間があった。あのときに、めぼしい男の子と連絡先の交換をしていたに違いない。
「ふふふ。私はつねに出会いを求めているのです!」
山吹がえらそうに胸を張った。私はビールを吹きだす。二人でまた笑った。何にせよ、山吹にいい人ができたのは良かった。
ふと、香坂師長にぴったりくっついていた男の人を思い出す。今日の仕事中、あの「思い残し」はずっと香坂さんの背後にいた。仕事に支障をきたさないために、なるべく気にしないよう努めていたが、いったい誰なのだろう。
2024.11.08(金)