お腹いっぱい食べて、山吹と並んで歩く。通りの家の庭の木に、小さな白い花が溢れるように咲いている。

「さっき、なんかいい匂いすると思ったんだけど、この花かも」

 顔を寄せると、濃厚な甘い香りがした。

「かわいい花ですね。ほんとだ、いい香り。なんていう花ですかね」

 山吹がスマホで撮影して、アプリで検索する。

「ハゴロモジャスミンですって。あ、ジャスミンっていろんな種類があるんですね。意外と知らないもんだな」

「へえ、知らなかった」

 恋に満たされている山吹を祝福するように、甘い香りの花々が月明りに白く光ってみえた。

 家に帰って、ソファに横になる。テレビ台に飾った写真の中で、千波が笑っている。

「山吹に彼氏ができたらしいよ」

 返事のない思い人に声をかける。

「自分の好きな人が自分のことを好きになるって、すごいことだよね」

 千波がいない、ということを私は五年経った今でもまだうまく受け入れられない。でも、慟哭するような深い悲しみが訪れることは減ってきた。時間が解決してくれることもあるのだろう。

「もし私に新しく好きな人ができたら、どう思う?」

 会えない寂しさが消えることはないけれど、それでも私は生きていかなければならない。大好きな千波に恥ずかしくない人間でありたい。そう思うことで、以前より前を向けている気がする。

 談話室から朝日が差しこんでいる。まぶしさに目を細め、あくびをかみころす。大学院の講義の翌日はいつもより眠い。

 ナースステーションで記録を読んでいると、

「え、調べてこなかったの?」

 という強い口調が聞こえた。ちら、と見るとナースステーションの端で遠野が腕を組んで立っていて、その向かいにはしょんぼりした顔の北口がいた。

「岡田さんに処方されている薬、全部調べるように言ったよね?」

「……はい」

「じゃ、これは何の薬?」

 遠野はそうとうイライラしているようだ。

「……わかりません」

「わかりませんじゃなくて、そこに薬辞典あるから調べて」

2024.11.08(金)