「あ、はい」
棚にある本を北口があわてて取り出している。
「えっと……利尿剤……です」
「でしょ? じゃ、なんで岡田さんに利尿剤が使われているの?」
北口は黙って、首をかしげながら薬辞典を見つめる。
「それには載ってない」
遠野がぴしゃりと言う。
「この前、一緒に現病歴と既往歴、確認したよね?」
「……はい」
「何の合併があったか、覚えてる?」
「……えっと、えっと」
北口は、怒られて動揺しているようで、口をぱくぱくさせている。
はあー……と遠野の大きなため息が聞こえた。
岡田さんは、下半身麻痺のほかに慢性腎疾患を合併している。最近むくみがひどくなっていて、新しく利尿剤が開始された。だから、薬の正確な効果を知るために以前より細かい尿量測定が必要になっている。遠野は、北口自身が自分でその答えにたどりつけるよう指導しているのだろう。
そこへ、夜勤の看護師がやってくる。
「引き継ぎ始まるよ」
私はそっと声をかける。
「あ、はい。すみません」
二人はさっとデスクのほうに戻ってきた。
「今日、繁森さんのご家族との面談の予定です。卯月さん入れますよね?」
「はい、私入ります」
事前に記録を見て確認していた。繁森さんの心不全の状態が良くない。そのことで今日、担当医とご家族が面談することになっていて、私も一緒に話を聞く予定だ。
先生と患者さんやご家族が面談をするとき、看護師は一緒に入れないことも多い。あとからカルテで確認したり、先生から話を聞いたりして面談の結果を把握することになる。
でも、今日の話し合いは、繁森さんの今後をどうするか、という非常に大事な面談だ。心不全がこのまま悪化していったときに、延命治療をどこまでやるか、という重要な決断をする日。
繁森さんご自身は、もう何もしなくていい、と以前からはっきり言っていた。ご家族も、同じ気持ちだと聞いてはいる。しかし、あらためて確認されると迷う家族も多い。そのために、しっかり話し合って記録に残しておくことが大事なのだ。
2024.11.08(金)