この記事の連載

最初は4人それぞれの視点で書き上げた

――今作で筆が乗ったり、あるいは何度も書き直したりしたシーンはありますか?

寺地 書き直すというお話で言うと、最初は4人それぞれの視点で30年間を振り返ろうと思っていたんです。でも書いてみるといまいちだったので、1人の視点に書き直しました。

 かなりの原稿を変更したのですが、エピソード自体はそのままなので作業は大変ではなかったです。「本人からは見えていたことが、この人には見えていない」と視点を考え直す作業が必要なくらいで。

――読者に読んでほしいシーンはどこですか?

寺地 結末に近いところで、エレベーターに乗るシーンです。最後の最後に加筆した場面なので、そこが褒められたらうれしいですね。

タイトルを決めてから、「雫」のモチーフを加筆

――タイトルに込めた思いを聞かせてください。

寺地 このタイトルは、「しずく」という登場人物を決めた時点で、仮タイトルとして付けていたんです。書き始めた頃は、「雫」が人名用漢字か調べる余裕がなくてひらがなにしていたんですけど、書いていくうちに馴染んできたのでそのまま彼女はひらがなの名前にしました。

 タイトルは漢字にしましたが、それを機に「雫」のモチーフを作品に色濃く投影させたんです。1文字のタイトルに憧れがあったので、「ちょっとかっこいいな」と思っています。

――じゃあ、ネックレスや名刺の「雫」モチーフも、タイトルから?

寺地 そうです。私が原稿を書く時は何度も書き足しながら進めていくスタイルなので、タイトルが決まった時に書き足しました。

――登場人物の「しずく」は、ハンドサインも印象的でした。

寺地 今の時代に本を手元に置いていただくのだから、1回読んでおわりじゃなくて、「これはどういう意味だっけ」と読者に何回も楽しんでもらいたいという思いを込めました。最初の場面では意味がわからないけど、結末になるとわかる仕掛けです。

 どんなハンドサインにするかは、私が奈良の東大寺に行った時にひらめきました。看板に「東大寺の大仏の手の形には、こういう意味がある」と書いてあって、「これや!!」って思いました。大阪に引っ越してきた女の子が看板を観たのなら自然の流れだし、「これしかない!」くらいの勢いでしたね。

インタビュー【後篇】に続く

寺地はるな(てらち・はるな)

1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞してデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞。『川のほとりに立つ者は』『わたしたちに翼はいらない』『こまどりたちが歌うなら』など著書多数。2019年からは「署名っぽいサインで寂しいから」と、サインの隣にウサギのキャラクター・テラコを記している。

定価 1,870円(税込)
NHK出版
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次の話を読む「“辛い体験のおかげで強くなれた”って、ムカつくんですよ」寺地はるなが『雫』で描いた“怖がらなくてもいい”未来

2024.11.06(水)
文=ゆきどっぐ
撮影=杉山拓也