類はじっと俺の顔を見て、また万年筆を見て、そしてまた俺を見た。
「なにか思い当たるふしでもあるのかい?」
「……」
不思議そうな顔をする彼に、偏った憶測を話すことはできなかった。
「僕のことなら心配いらないよ。しばらく祖父に来てもらうから。この店には強力なお守りだって置いてあるし。僕は元々霊感体質なんだ。そう簡単に殺されはしないさ。小旅行だと思って行って来てくれよ。君が飛んでいったほうが早いし、それ以上に、訊いても素直に教えてくれないかもしれないから、こっそり見てきたほうが早い」
類はそう言って窓を開け、俺を送り出した。
「仕方がないな……相互扶助だ」
幸い、次の原稿の〆切はまだ先だ。
無賃乗車と無断ヒッチハイク――以前、類が命名した――で乗り継いでいった住所の場所は、半島のほうにある一軒家だった。一般的なルートなら二、三時間かかるが、飛んでいくと確かに早かった。
平成初期に建てられた様子の、古すぎない、けれど建てられた当時の明るさはまるきり失われている、そんな家だった。なかは広いのに物が溜まっているせいで酷く窮屈に感じる。類の話によると、ここの家主である男性が売り主だという。
リビングでは、七十代くらいの老夫婦とさらに老いた歯のない老婆が、テレビの音を浴びながら背中を丸めて夕餉をとっていた。歯抜けの老婆は、壁から出てきた俺をぼうっと見つめた。死期の近い人間には霊が視えるようになることがある。
隅の仏壇には、太った男性の真新しい遺影が飾ってあった。少し偏屈そうな、けれどそのぶん理知的な、鋭い目をしていた。
憶測……が当たっていそうな気配を感じる。
二階へ飛んでいくと、彼の部屋はすぐに見つかった。大量の本が床に積んである、カーテンの閉まった六畳だ。
学生が使うような勉強机には原稿用紙の束が突っ込まれていた。回転椅子のクッションは潰れている。
俺の実家の部屋に似ていた。
真ん中にある鍵つきの広い引き出しに顔を突っ込むと、ひときわ綺麗な原稿用紙がしまってあった。鉛筆の上から万年筆で清書されている。その下にはピンと角のとがった茶封筒が重ねてあった。
2024.07.12(金)