「私のような小説家は、福田はそもそも満州電電に勤務していた時から、米国の情報部員として、満州や関東軍、そして中ソ情報を米国に送っていたのではないかと妄想してしまう」と真山は本作品『ロッキード』につづる。「もしかすると、福田は、児玉とCIAのパイプ役だったのではないか」
その根拠として真山が提示するのは、一九五三年に東京の「東西南北社」から福田訳で刊行された書籍『ウイロビー報告 赤色スパイ団の全貌―ゾルゲ事件―』だ。
リヒャルト・ゾルゲはソ連のスパイとして、太平洋戦争開戦への道を突き進む東京に入り、在日ドイツ大使館や日本の知識人らから信用を得て、日本が北進してソ連を相手に戦端を開くのか、それとも、南進して米英を敵とするのかを探り、ソ連に情報を送り、ロシアのショイグ国防相によれば「ソ連軍の作戦立案に重要な役割を果たした」とされる。一九四一年に特別高等警察に逮捕され、四四年に巣鴨で処刑される。プーチン大統領が二〇二〇年に「高校生の頃、ゾルゲのようなスパイになりたかった」と告白するほどにロシアでは英雄として扱われている。
マッカーサーがこの書籍に寄せた序文によれば、このゾルゲ事件は、単に、日本で摘発された局部的な事件にとどまるのではなく、ソ連、中国、米国にまたがって戦後も続いた極東謀略に関連し、世界的規模の陰謀を背景にしているのであり、その主な活躍の舞台は中国・上海であり、それは、中国本土が共産党によって支配されるに至る原因になった、とされている。
「われわれの日本占領期間中、軍情報部は日本警察の協力を得て、日本内外の共産主義勢力に対する警戒と監視の任務遂行上、若干の民間的業務を行つた」
ここで言う「われわれ」は、この序文の筆者であるマッカーサーとその司令部の情報部長だったウィロビーを指すのだが、もしかしたら、この文章を日本語に翻訳した福田もそれに含まれているのかもしれない。
彼らの認識によれば、ソ連、中国、米国、そして日本をまたいで世界的規模で共産化を推し進めようとする陰謀があり、ウィロビーらはそれらを調査し、監視し、水面下の諜報で闘っていた。
2024.01.10(水)
文=奥山 俊宏(上智大学教授・元朝日新聞記者)