自民党幹事長だった中曽根が七六年二月一九日朝、総理であり自民党総裁でもあった三木武夫の意に反して、ロッキード事件を「もみ消す(MOMIKESU)」ことを依頼するアメリカ政府へのメッセージを米大使館に託したことをとらえて、真山は「果たして中曽根は、何をもみ消したかったのだろうか」と問いかける。
「暴かれては困る秘密があったのだろう。(中略)中曽根の秘密が暴かれていたなら、角栄は破滅しなかったのではないか」
このように想像の翼を羽ばたかせる対象は、福田と中曽根だけではない。田中の前任首相の佐藤栄作、田中の秘書官だった榎本敏夫、全日空社長だった若狭得治らについて、これまで多くの人の知るところではなかった新たな取材結果を根拠に、新たな仮説を打ち立てている。それらの文面は、読むのに手に汗を握らせるのに十分な緊迫をたたえている。
同時代に現存する人や組織、あるいは世論の動向に絶えず慎重に気を遣い、名誉棄損とならないように、また、世間の非難を浴びないように、証拠で裏付けられたり、公権力の捜査によって指し示されたりする客観的な事実のみを伝えていく「報道」から、史実の欠漏を想像で埋める「歴史小説」が許される「歴史」へと、時代が移り変わるのは、ある事典によれば、おおむね二世代、四〇~六〇年くらいを経たころだという。
ロッキード事件はまさにその狭間にある。
現職の総理大臣だった政治家・田中角栄が米国の航空機メーカー、ロッキード社から一九七三年八月一〇日、一〇月一二日、七四年一月二一日、三月一日の四回に分けて合計五億円の賄賂を受け取ったというのが、ロッキード事件の中核である丸紅ルートの起訴内容だ。だから、この作品『ロッキード』が文春文庫として世に出る二〇二三年暮れは、事件の「発生」から満五〇年が過ぎつつある真っ最中だといえなくもない。しかし、真山は、そんな検察のストーリーにも果敢に挑戦していく。曰く「四回に分けて?」「最も人目を避けたい行為を、なぜ四回も繰り返すのだろうか」
2024.01.10(水)
文=奥山 俊宏(上智大学教授・元朝日新聞記者)