外国為替管理法違反の疑いで逮捕され、受託収賄の罪にも問われて一審、二審で実刑判決を受け、上告中だった田中角栄が一九九三年一二月一六日に亡くなってから満三〇年となる節目、この作品『ロッキード』が文庫化されるのがそんなタイミングであることは間違いない。

 にしても、この事件には、いまだ解けていない謎が数多くあまりにも深く深く沈んでいる。だから、多くの人はその謎解きに魅せられる。

 この作品のもととなる原稿は、二〇一八年五月から二〇一九年一一月まで、つまり、平成の最後の一年の初めから令和の初年が終わろうとする暮れにかけて、週刊文春で「ロッキード 角栄はなぜ葬られたのか」とのタイトルで七二回にわたって連載された。それに大幅な加筆修正を施し、連載の終了から一年あまりを経て単行本として刊行されたのがこの作品である。アメリカはドナルド・トランプ大統領、日本は安倍晋三首相が政府を率いた時代であり、ニクソンとか田中角栄とかがはるか昔の歴史に思えるのは当然だろう。

 しかし、この作品『ロッキード』で展開されている物語は今も色あせず、血痕のどす黒い赤色と、事件記者の好奇心をかきたてるきな臭さを鮮明に保っている。

 日米関係を専門とする人たち、あるいは、諜報の世界に棲息している人たちの認識によれば、中国を中心にロシアや北朝鮮によって東京で行われている謀略は今も盛んであり、アメリカは日本と連携してそれに対抗し、台湾海峡、あるいは朝鮮半島で熱い戦争がいつ起きるか状況を注視し、火花を散らしあっている。それは、GHQのマッカーサーやウィロビーがゾルゲのスパイ組織を追及していた当時と同じ構図だと言って過言ではない。

 そして、それら東西のスパイらが暗躍するなか、まるでその副産物であるかのように、疑獄は生じ、その一部がロッキード事件となって田中角栄を拘置所の内側に落とした。いま、刑罰法令に抵触するかどうかは別にして、そうした構図がまったくないと断定できるだろうか。

2024.01.10(水)
文=奥山 俊宏(上智大学教授・元朝日新聞記者)