『料理なんて愛なんて』の単行本が出たとき、周りの人に「私はこの主人公ほど料理が嫌いなわけではない」というようなことを、言って回ってしまいました。才能がありそうだ、と思われたかったからです。
私が好きだと思う小説の多くは、作者自身が前面には表れてこないタイプの小説、もしくは作者自身の経験が発酵してまったく別の形になって出てくるような小説であることから、そういう小説が書けるようになりたいと思っているし、それに、自分と共通点が少ない主人公を書けたほうがなんか才能あるって思われそう……、と思っていました。あさはかです。
冷静になれば、実際のところ、この主人公と同じくらい私も料理が苦手だし嫌いです。一番いやで苦手な作業は、牛乳パックの口を開けることです。牛乳パック開けなど料理の序の口の序の口かもしれませんが、きれいにひらけたためしがありません(というのは、ちょっと盛りました。さすがに十回に一回は成功します)。びりびりになった口では、牛乳がおかしな方向に曲がって出てくるので、コップからはみ出て、テーブルが汚れることが多いです。牛乳パック開けの達人的人物に教えも請いました。しかし上達しないままです。安い牛乳は、開けにくいのではないか? とパックのせいにしたこともありました。初めて買ってみた高い牛乳でも、びりびりになりました。そのときも、自分以外のせいにするあさはかさを反省しました。
生の肉も怖いです。火が通っていないと、人を殺してしまいかねないからです。牛乳パックさえ普通に開けられない人間が、人を殺さない料理が作れると思うか? と自分を疑っています。生肉はパックから直接、鍋に落としてとりあえず加熱します。人を殺さないレベルまで火が通ってから、やっと包丁でカットできます。私の手料理を食べている誰かを眺めているとき、私はこの人の命を奪う可能性があるのだと想像します。食べたあとも、その人が苦しみださないか毎回心配です。食品のCMでよく見る、もりもり食べる家族を見てうっとり……という表情は、「そういう顔をするぞ」と頑張らないとできません。作ってもらった側のときは、何も考えず「おいしー! しあわせー!」と笑顔になれる自分が不思議です。
2023.05.31(水)