この記事の連載
- 『ペットロス いつか来る「その日」のために』#1
- 『ペットロス いつか来る「その日」のために』#2
家の中に思い出がありすぎるんです
――ペットロスによる異変は、心身に顕著に現れた。
ベベが死んでから、低血糖になっちゃったんですよ。「そういえば時々ちょっとフラッとします」と言ったら、先生がびっくりして「コーヒーシュガーを舐めてください!」って。フフ、コーヒーシュガーってねえ。確かに病院で貰ったパンフレットにはコーヒーシュガーって書いてあるんですけど、普通に「甘いものを食べてください」でいいと思うんですよ。先生もカシコやから、意外と応用利かないんですね(笑)。とにかく血糖値下げる薬は飲まなくてよくなりました。ベベのおかげですかね。
でも切なさ、悲しさが全身に充満して全然治らないんです。それで「先生、ペットロスに効く注射とか薬ありませんか? 300万までなら出します」って聞いてみたり。
あの……家の中に思い出がありすぎるんです。
一番キツいのは買い物から帰ってきて玄関のドアを開けるときですね。ベベはいつも玄関マットの向かって左隅に座って待っていたんです。その姿を見て「あら、ベベ! いい子たんしてたん?」と声をかけるのが常でした。今はドアを開ける前から「はい、ベベはいませんよ。いないのよ」って自分に言い聞かせてからドアを開けます。それで「やっぱりいない」って言いながら靴を脱いでまた泣きます。つい「いい子たんしてたん?」と口にしてしまうこともある。そんなときはまた玄関先で泣き崩れる。他にも座椅子とか、リビングのソファとか定位置だった場所にいないことが……たまらないんですよ。
夜中の3時がまたキツいんです。あの子は腸が悪かったので、それくらいの時間にトイレのために庭に出してたんです。で、一度出るとなかなか帰ってこない。ついウトウトしたら、「ワン!」って声がして戻ってくる。「遅かったね」って言いながらお尻を拭いてあげる──それが毎日のことだったんで今でも起きてしまうんです。で、ベベがいない現実を私は夜中の3時に噛みしめるわけです。
2023.05.26(金)
文=伊藤秀倫