この記事の連載

 子どもの教育のために日本を離れ、以降10年間、マレーシアで暮らす野本響子さん。著書の『東南アジア式「まあいっか」で楽に生きる本』では、さまざまなデータから日本の「生きづらさ」を読み解き、それとは対照的に幸福度高く生きる東南アジアの人々の考え方を紹介しています。なぜ日本は子どもがいてもいなくても「生きるのがしんどい」のか。なぜ一見不便で給与水準も低いマレーシアには楽しそうな人が多いのか。3児の母でもある担当編集・伊藤淳子(文藝春秋ノンフィクション出版部)と野本さんが、マレーシアに移住してわかった人生の楽しみ方を語りました【前篇】を読む)(【中篇】を読む

※この対談は2023年2月10日に行われた『東南アジア式「まあいっか」で楽に生きる本』刊行記念トークライブ「マレーシアのリラックスした社会で学んだ『人生の楽しみ方』」の内容を再構成したものです。


日本の「Karoshi」という言葉が広がっている

野本 マレーシアの教育にはたくさんの選択肢があります。公立学校には、宗教学校、中華学校、インド式の学校があっていろいろです。さらにホームスクールもある。マレーシアの国民は、「変わる」ということに抵抗がなくて、自分がハッピーじゃなかったら「変わる」という考え方があります。だからいじめを我慢して自殺してしまうという話はあまり聞かないです。

伊藤 過労死もなさそうですね。

野本 聞かないです。日本語の「Karoshi」という言葉はあります。2000年くらいまでは日本で働きたいというマレーシア人はすごく多かったんです。私が日本から来たというと、「日本で働きたいから就職先を紹介して」と言われることが多かったんですけれど、2005年くらいからだんだん風向きが変わってきました。あるとき、長く付き合っていたマレーシア人の友だちに、「日本に留学したいなら手伝うよ」って言ったら、「いま日本に留学したい人はあまりいないと思うよ」って。日本の海外におけるプレゼンスが変わりましたね。

伊藤 自分たちは世界の経済大国ですごいんだ、というバブル時代の思考から抜け出せない人もいまだに結構います。

野本 そうそう。これも暗記教育の弊害ですよね。暗記教育というのは、決まっているものを覚えるじゃないですか。決まっているものとは、「変わらない」もの、「正解はひとつ」です。事実を疑わないから暗記できるんです。世界の教育は、「昨年はこうだったかもしれないけど、今年は変わっているかもね」という感じで、知識や情報をアップデートしていくという方向へ変わってきています。そうなると「20年前の日本はこうだったけど、今はどうなのか」と毎回徹底的に調べるようになる。海外での教育は、メディアの情報も徹底的に疑い方を学んでいます。

伊藤 日本人は流された情報をわりとそのまま信じてしまいがちですよね。

野本 そうなんですよ。マレーシアのインターナショナル・スクールには、子どもたちが一流のメディアの情報を疑う練習をするところがあるんです。ニューヨークタイムズとか、CNNを見て、「これはどこが資金を出していて、どこがスポンサーになっていて、誰が編集しているか」を分析して、誤った情報ではないか探るんです。メディアの側にいる人間としては怖いです。

伊藤 メディアを鵜呑みにはしないんですね。

野本 この企業がスポンサーだからこっち寄りの情報になるんじゃないかとか、そういうことを学校で学ぶ時代なんですね。

2023.05.23(火)
文=文藝春秋