東京を離れ、ひとりで地方に住む選択をした4人の移住物語。「とりあえず動いてみる」という軽やかさで居を構え、旅するように土地の魅力に触れ豊かな日々を過ごしている。自然の恵みや、人との出会い……そして一日の始まり、満員電車とは無縁の幸せな朝時間についても聞いてみた。
まさか自分が移住するとは 旅した高梁に魅せられて
西原 千織 44歳
東京→高梁(岡山)
【仕事】地域おこし協力隊→カフェ店主
【住居】メゾネット(3LDK) 無料(光熱費のみ)→一戸建て(4LDK) 月額10,000円
【移住の手段】地域おこし協力隊に応募(※)
その日は雨上がりで、山間にはベールがかったように霧が立ち上り、中国のお茶の産地によく似た幻想的な風景だったという。
「ここなら、美味しいお茶ができるんだろうとピンときました。濃い霧は遮光の役割を果たすので、お茶にとってはいい環境なんです」
岡山県の中西部にある高梁市に初めて訪れた日のことを話してくれた西原千織さん。東京で日本茶の仕事をしていた彼女は、お茶の産地である高梁に住んでいる友人に誘われ、赴いた。
「当初は移住するなんて全く考えていませんでした。ところが、いいお茶があると言われている高梁に、深夜バスで何度か通っているうちに、在来種のお茶の木を3本見つけて。このお茶を守るには、住まないとだめだと思い、迷わず決めたんです」
もともと西原さんは、自生しているミネラル豊富な在来種の番茶の味わいに魅せられ、九州や四国のお茶の産地を旅しながら在来種を探していた。ついに大好きな高梁でも発見し、移住へと気持ちが突き動かされた。
「住む、といってもお金はない(笑)。友人に高梁で地域おこし協力隊(※)をやってみたらと言われ調べてみたところ、高梁市川上町で募集をしていました。普通“協力隊”は観光PRなどミッションがあるんですが、川上町は決まっていなかったので、自分でプレゼンをしに行きました。日本茶を通じて地域おこしをやりたいという思いを伝えたら採用してもらえたんです」
2016年12月ごろに移住を考え、実際に住み始めたのは翌2017年の7月という速さ。
「最初の1年は地域に馴れることに重きをおきました。夏祭りのシーズンだったので、趣味の篠笛を吹くなどして毎週末お祭りに参加していくうちに知り合いが増えて。10月の秋祭りには事前に踊りの猛特訓を受けて本番にのぞんだりと、地域の伝統文化を体験することで、ここでの暮らしがますます楽しくなっていきました」
移住して2年目にはミッションである日本茶カフェを開く準備に入る。「店舗の場所を探している」と、ことあるごとに人に話していたら、魚屋だった所を使っていいという朗報が舞い込む。しかし、改装の途中に豪雨災害があり、半年延びて2019年の春に「茶や まのび堂」をオープン。
岡山や四国のお茶を中心に扱うほか、畑を借りて自家栽培しているお茶も店に出せるようになっていった。その年の夏には地域おこし協力隊の委嘱を終え、カフェ店主として生計を立てながら移住生活を送れるように。
※地域おこし協力隊とは?
地方自治体が都市住民などを受け入れ、地域活性化に向けた活動を行ってもらう制度。選考後、採用が決まったら1年以上、3年以下の期間、地域おこし活動に従事。報酬や活動費の支給に加え、住宅補助がある自治体も多いため、移住の入り口として利用されている。
2021.09.26(日)
Photographs=Wataru Sato