不登校になった自分はダメな人間だと思っていた
伊藤 野本さんがこの本の中で書いていることは、普遍的なことだなと思います。たとえばノーベル賞を受賞した日本人の学者や研究者の話が本の中に出てくるんですけれど、彼らの子ども時代には「空白の時間」があったと書かれています。子ども時代、いかにたくさんの空白の時間があって野山で遊んでいたか、そしてそれがノーベル賞の研究につながったと。私は大学に行けなくなってしまった自分を、ずっとどこかでダメな人間だと思っていました。でも、そのとき大学に行かず、小説とか漫画の世界に逃げていた時間というのは、彼らにとっての「空白の時間」と同じだったんじゃないかと。野本さんの文章を読んでやっとわかったんです。自分の世界を作ったことが、実はいま編集者としていろいろな仕事につながっているなと感じます。
野本 なるほどね。そういえば、子育てで苦労された話がそのまま直木賞につながったとおっしゃっていましたよね。
伊藤 そうなんです。野本さんもすごく好きだとおっしゃってくださった『対岸の彼女』という角田光代さんの小説です。
野本 偶然、私の長男が最近読んで大感激していて。「なんてリアルな小説なんだ」って話していたときに、担当編集者が伊藤さんだと知って、ものすごくびっくりしたんです。
伊藤 1人目を出産して育休から復帰したとき、初めて角田光代さんの担当をさせていただきました。『対岸の彼女』を書籍化するときには、角田さんを交えて、先輩ママ社員にも入ってもらって社内の会議室で“ママミーティング”をやりました。こういうときはどうするか、みたいなことが小説に反映されています。それは保育園のお迎えだったり、ファミリーサポートセンターのファミサポさんとの関わりであるとか。あれはまさに自分の体験なんです。
野本 どうしてこんなにリアルなんだろうって思ったんですよ。
伊藤 ママミーティングって言っても、「こういうの大変だよね」ってただしゃべっていただけなんです。作家ってすごいな、ちゃんと小説になってるってびっくりしました(笑)。
2023.05.23(火)
文=文藝春秋