現在と過去を重ねながら震災を語りなおす

花田 古川日出男『ゼロエフ』や小松理虔『新復興論 増補版』、瀬尾夏美『二重のまち/交代地のうた』など、震災に関連する本もいくつか選ばれています。『BGM』も明示こそされてはいないものの、震災の存在が前提とされていますよね。

三浦 『ゼロエフ』は古川日出男さんが初めて書いたノンフィクションで、2020年に福島県の中通りと浜通りを通ってさらに宮城県の方まで計360キロ歩いたときのことを描いています。僕にとって古川さんは大切な作家のひとりで、作品を読むたびに背筋が伸びるんです。『ゼロエフ』も一つひとつの言葉に体重が乗っていて、文章から肉体を感じるし思考の逡巡から生まれる熱が伝わってくる。もちろん震災や津波、原発事故も描かれるんですが、そうした“大きな言葉”で拾われなかったものをすくい取ろうとする姿勢にも感銘を受けました。本当に素晴らしいノンフィクションです。

花田 震災に関連する書籍として、私は『BGM』を観てから最初にいとうせいこうさんの『想像ラジオ』を思い出しました。どちらもどこか死の影が漂っているというか、不在を感じさせるんです。たとえ死んでも人の心や記憶に存在が残っているように、どちらの作品にも失われることのグラデーションが描かれている気がします。小松理虔さんの『新復興論 増補版』はまさに震災からの復興を論じた本ですよね。

三浦 小松さんはいわき市を拠点に活動するローカルアクティビストなのですが、ツアーガイドのような文体で書かれているので観光ガイドとしても読めるんですよね。震災について書くことで重たくなってしまうのではなく、むしろ実際に訪れてみたい気持ちを喚起させられるのがいいんです。

花田 タイトルを見てすごく固い本を想像してしまったんですが、ぜんぜん違うんですね。

三浦 『二重のまち/交代地のうた』を書いた瀬尾さんは、非当事者としてどのように当事者と関わっていけるのかすごく考えている方だと思います。「二重のまち」は現在の街とかつてあった街を重ねて描く物語なのですが、読んだときに自分がつくった『BGM』を思い出した作品でもあります。「交代地のうた」は瀬尾さんが被災した当事者の方々から聞いた話を語りなおしたような構成になっているんですが、その切り取り方が素晴らしいん。重くも軽くもならずに現在と過去を重ね合わせたり語りなおせることがすごいですね。この本は映画にもなっているんですが、非当事者が当時者の話を演じるようなドキュメンタリーになっていて、映像作品としても素晴らしいです。

学びつづけながら作品は更新されていく

花田 最後の2冊は北丸雄二さんの『愛と差別と友情とLGBTQ+』と森山至貴さんの『LGBTを読みとく――クィア・スタディーズ入門』、どちらもLGBTQに関わる本ですね。

三浦 前者は『BGM』を書きなおそうと考える前に読んだ本で、本当に勉強になりました。アメリカでどのようにLGBTQ+の運動が進んでいったか描かれていくのですが、北丸さんは海外戯曲の翻訳なども手がけられているので、演劇に関する話もたくさん出てくるんですよね。その後後者を読んで、クィアスタディーズは複雑なものをより複雑に考えていく方法なんだなと思ったんです。たとえば企業がゲイの人々を応援することはポジティブに受け取られることがある一方で彼らをマジョリティに回収していくことでもあって、結果的にマイノリティの人々への差別をさらに生み出す構造が生まれてもいる。さまざまな視座から物事を見ていくことが大事なんだなと。

花田 こういった本って作品にも直接的に影響を与えるものなんでしょうか? 『BGM』にもゲイのカップルが登場しますよね。

三浦 直接は影響しないですね。毎回作品を書く前に資料をたくさん漁るものの、僕の勉強の発表会になるのは嫌なのでなるべく捨てるようにしています。ただ、初演のあとにさまざまな本を読んだりたくさんの人と話すなかで変わってきた部分もあります。たとえばLGBTQのようなテーマについて、以前はさまざまな関係性をフラットに描こうと思っていたんですが、ゲイの方々が背負っている社会的な要素を無視してフラットに描くことへ違和感を覚えるようになりました。初演の際はふたりの関係が恋愛かどうかはどちらでもいいと書いていたんですが、そういう態度はむしろゲイを透明化し差別に加担することでもあると思えてきて。今回はむしろ恋愛関係を明言しています。

花田 以前「ボーイ・ミーツ・ガール」というフレーズが使われていましたが、ロロはボーイとガールというより人間同士の豊かな関係が描いている気がします。言葉にするとすごく陳腐になってしまいますが、人間っていいなと思わされるというか……。

三浦 僕はアニメやマンガのラブコメに影響を受けて育ってきたこともあって、昔の作品では女性を男性の欲望充足的に描いてしまっていたことを反省しているのですが、他方で、過去の作品の中にも単なる異性愛や恋愛至上主義とは異なる恋のありようが描かれていたようにも思います。今回の再演にも、そんな気持ちの変化が表れているかもしれません。

花田 ロロの作品って震災やLGBTQのようなものを扱いながらも、メッセージがどこかつかみづらい印象があります。それは決して悪いことではなくて、むしろ言葉にしづらい空気や感情、雰囲気が表現されていることがすごく尊いし、ロロのすごさでもあると思うんです。

三浦 ありがとうございます。初演の頃と今とで考え方が変わった部分もありますし、とくに震災のような出来事をどう描けるのかについては、今なおずっと考えつづけていることでもあります。人は当事者と非当事者でくっきり分かれているわけではないし、優しい言葉だけでは震災のある一面しか描けないのかもしれないけれど、悲惨なことを書けばいいわけでもない。暴力的に物事を分けてしまうのではなく、どうすれば豊かなグラデーションを描けるのか――今回の再演に限らず、これからも考えつづけていかなければいけないと思っています。

ロロ
『BGM』

日時 2023年5月5日(金・祝)~5月10日(水)
会場 KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ
所在地 神奈川県横浜市中区山下町281
時間の詳細は下記HPをご確認ください
作・演出 三浦直之(ロロ)
出演 ⻲島⼀徳 島⽥桃⼦ 望⽉綾乃(以上ロロ)
荒⽊知佳 井上向⽇葵 岩本えり 北村 恵(ワワフラミンゴ) 福原冠(範宙遊泳)
曽我部恵⼀
料金 一般 5,000円/U-25:3,500円 /U-18:無料(枚数限定)※当日券は各1,000円増
http://loloweb.jp/BGM/

2023.04.30(日)
文=石神俊大
写真=細田 忠