片や、ロロという劇団で作・演出を手掛け、昨今は映像関係の仕事も多い三浦直之。片や、「すべての女性を応援する」というコンセプトの書店で店長をしていた花田菜々子。

 三浦は読書狂として知られ、舞城王太郎をはじめ、偏愛する作家からの影響を舞台に落とし込んできた。一方、花田は『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』という実体験に基づく著作で、本や本屋との付き合い方を軽妙な筆致で綴っている。

 ロロの次回公演『ロマンティックコメディ』(4月15日~4月24日 @東京芸術劇場シアターイースト)は本屋が舞台となるということで、三浦が対談したいと名前を挙げたのが花田菜々子。かくして、エモーショナルで熱気に満ちたクロストークが繰り広げられた。

 そのトークの模様を前編と後編に分けてお届けする。後編では新作『ロマンティックコメディ』の話を中心に、二人のこれからの目標についてなどを語り合った。

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今作は喪失体験が大きなテーマになっていますね

花田 私、三浦さんが脚本を書かれたNHKの「東日本大震災10年 特集ドラマ「あなたのそばで明日が笑う」」(2021年)がすごく好きで。震災という大きな出来事の結果、それぞれが何かを失い、それから時を経て、その喪失体験を共有するっていうことについての物語だと思うんですけど、とても感銘を受けて。今回の『ロマンティックコメディ』も喪失体験が大きいテーマになっていますよね。

 少しずれるかもしれませんが、私が勤めていた書店が閉店した時、これもまたひとつの死だなって思ったんです。閉店の2カ月前に言われた時は喪失感が凄くて、もう、新しく発注したり棚を片付けたりしても意味ないんじゃない?って(笑)。閉店を聞かされた直後はスタッフと同じ感覚を共有しているつもりだったんですけど……。

――微妙に違っていましたか?

花田 徐々にそれぞれのリズムで悲しみの深さがずれるというか……自分が少し明るい気持ちを取り戻して閉店のことで冗談を言ったら、表向き明るく振る舞っているように見えた別のスタッフが実は悲しみに暮れている真っ只中で泣かれてしまったり。ひとりでやっている店をひとりで閉めるのとは全然違って、あの人はこんなことを考えていたんだとか、こんな気持ちをみんなに話せば良かったとか、色々考えてしまいました。

 面白かったっていうと変なんですけど、いい経験をしたなと思って。たとえば実際のお葬式なんかでも、ずっと同じ温度で悲しいわけじゃないと思うんです。悲しみの中でもちょっとジョークを言い合ったりして、暗い気持ちから離れているときもある。

三浦 僕も悲しみの速度って人それぞれ全然違うなって感じていて。どの速度が正しいわけでもないと思うんです。みんなそれぞれ違う速度で悲しみを抱えている。だからそう簡単に悲しさを共有できないし、そのズレは埋められない。

花田 人の死について考えるのって急逝期だけじゃないですよね。最初の2、3日はある程度みんな、悲しみが同じ色をしていると思うんです。ああ、悲しい、なんでいなくなっちゃったんだろうって。でも、それからはもっと感情が複雑になるというか。悲しいという感情はベースにあるんだけど、人によって少しずつズレが出てくる。そして、何年か経って遺族が集まった時って、原色の悲しさってもう消えているわけじゃないですか。そういう現実とも繋がるドラマだったと思います。

言葉にできない感情を演劇という舞台で描きたかった

――三浦さんは、被災地にも行かれたそうですが、貴重な体験だったのでは?

三浦 そうですね。脚本を書くにあたって、取材で石巻の被災者の方々にお話を聞かせてもらいました。その方たちのなかには最近になってようやく震災の体験について話せるようになった方もいました。でも、当然ですけど、10年経っても言葉にできない人も一方でいるわけです。あのドラマでは、被災された方々が言葉にできない、語り得ないことを映像にしてみたかったんです。

――被災地取材で印象に残っていることは?

三浦 多くの児童たちが家が流されたり、被災した小学校があったんです。その中のある児童のお父さんが震災の時の語り部になっていて、当時のお話を聞かせてくれるんですね。もう何年も何年もそれを語り続けている。その人を目の当たりにして、なんて凄いことだろうと思って。

 僕は、当時の悲しみを、時を経た後に今生まれてきたように言葉にすることはできない。でもその語り部の方はやっていたんですね。そこでふと思ったんです。僕自身はできないかもしれないけど、舞台の俳優っていうのは、ずっとそういうことをやってきた人たちだな、と。何回も何回も同じステージを重ねて、何回も何回も同じセリフを言う。それでもそのセリフは今生まれたような瑞々しさを湛えている。俳優というプロに委ねることで、喪失感を共有する物語を作ることができるかもしれないと考えました。

2022.04.10(日)
文=土佐有明
写真=橋本 篤