2006年と2016年、東日本大震災を挟んだ2つの年を行き来しながら東京から仙台までの旅路を描いた演劇作品『BGM』――劇団ロロが2017年に上演した本作が、出演者や音楽を一新し2023年5月5日から再演される。去る2023年4月22日、再演を記念し高円寺の蟹ブックスではトークイベント「『BGM』といっしょに読みたい本の話」が開催された。
熱心な読書家としても知られるロロ主宰・三浦直之と、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』という実体験に基づく著作で話題を呼んだ蟹ブックス店主の花田菜々子。本作をきっかけとして三浦と花田が挙げた書籍は、じつにさまざまだ。海外文学からマンガ、歌集、ノンフィクション、人文書まで――ジャンルを超え縦横無尽に書籍を紹介しながら『BGM』の魅力も掘り下げていく、ふたりの読書愛があふれたトークイベントの模様をご紹介。
性別も種にとらわれない豊かな関係性
花田菜々子(以下花田) 今回蟹ブックスでは『BGM』の再演を記念し、ロロの主宰である三浦直之さんに執筆の際に読んで参考にした本や、この作品といっしょに楽しんでほしいと考えている本を選んでいただきました。
三浦直之(以下三浦) 僕は本の話をするのが大好きなので、今日は本当に楽しみです。なかなか普段はこんな機会ないですからね。
花田 まず一冊目はアリ・スミス『五月 その他の短篇』です。表題作の「五月」は岸本佐知子さんが編纂した『変愛小説集』にも収録されていますね。
三浦 「五月」は木に恋した女性の物語なのですが、恋に落ちた瞬間の描写がものすごくいいんですよね。その瞬間に世界がガラッと変化してしまう様子が見事に描かれていて、僕自身もこういう瞬間を描きたいと思いました。
花田 恋愛小説としても魅力的ですし、不思議な別の世界に連れていかれる感覚が面白いですよね。魔法や幽霊が登場するわけではないけど、少し世界がズレていくような。
三浦 どれもありえない話なんですけど、“あるある”っぽく思えてくるという。
花田 人間が木に恋するのって、ロロの作品っぽさもあります。ロロの作品のなかでも、人間同士の恋愛だけでなくさまざまな存在の関係性が描かれていますよね。「友情」や「恋愛」に当てはめなくてもいいような豊かな関係が描かれている。続いての佐原ひかり『ペーパー・リリイ』は、まさに『BGM』的なロードノベルです。
三浦 結婚詐欺師の娘と被害者の女性が家から500万円を持ち出してふたりで逃げる話なのですが、道中で出会う登場人物がみんな少し変わっていて魅力的なんです。ロードノベルやロードムービーって、ついつい展開を予想しながら観てしまうんですが、少しずつ予想とズレていくような展開が広がっていくのも面白かったですね。あとはラストシーンが本当にすごくて、読み終えてからもずっと頭の中に残っています。ぜひこれはみなさんにも体験していただきたいです。
なんでもない日常にあるかけがえのない瞬間
花田 日本の小説だと滝口悠生さんの『ラーメンカレー』も選ばれていますが、こちらは『ペーパー・リリイ』と毛色が違いそうです。
三浦 滝口さんは記憶をめぐる作品をたくさん書かれていて、思い出すことや語り直すことについてすごく自覚的だと感じます。『ラーメンカレー』はロンドンで行われる同級生の結婚式に向かう登場人物たちの様子を描いた連作短編集なのですが、後半に登場する「窓目くん」というキャラクターがとにかく魅力的なんです。
花田 キャラクターの魅力は『BGM』にも通ずるものと言えそうですね。私は『BGM』とつながる本を考えたときに、岡野大嗣さんの歌集『音楽』を思い出しました。タイトルもまさにつながっていますが、岡野さんの短歌は日常のなかのドキドキや切なさをめちゃくちゃうまく捉えていて、ロロの作品とも通ずるムードやオーラをまとっている気がします。あとは漫画家の町田洋さんの短編集『夜とコンクリート』も『BGM』と近いものを感じます。特に「夏休みの町」という作品は日常を描きつつもタイムスリップのような要素があって、すごく特別なことが起きるわけではないけど別の世界へつながるような感覚が生まれるところがいいな、と。
三浦 町田 洋さんの作品はいいですよね。この絵や線だからこそつくれる空気感があると思います。
花田 柴崎友香さんの『きょうのできごと』も雰囲気が似ていて。カメラが切り替わるようにいろいろな登場人物や時間からなんでもない夜の出来事が描かれていて、特別な夜ではなくても二度とない夜なんだということが『BGM』の雰囲気につながると思ったんです。あとは真造圭伍さんの『森山中教習所』も田舎の教習所のドタバタを描きつつ少し切ないシーンがあって、離れてしまったり会わなくなっても一緒に過ごした時間が消えないことが描かれている点が近いかもしれません。
2023.04.30(日)
文=石神俊大
写真=細田 忠