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KADOKAWAさんからは微妙な顔をされた(笑)

──Twitterに無料で発表されていた「タワマン文学」と違い、商業小説としていいものを書かなければというようなプレッシャーや気負いはありませんでしたか?

外山 担当編集さんが素晴らしい方で、書くたびに「傑作です!」と褒めてくださるので、気持ちよく書かせてもらいました(笑)。あとは、仲のいい麻布競馬場くんのデビュー作『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』がかなり売れていたので、僕の本も便乗して売れるんじゃないかという、他力本願的な淡い期待はありました。

──「売れる本」を書くために、すでに10万人のフォロワーがいる「窓際三等兵」の名前を利用しようとは思わなかったのですか?

外山 いや、だって「窓際三等兵」ですよ……。趣味で開設したアカウントで、これで有名になろうとかお金を稼ごうなんて思ったこともなかったですし、死ぬ時に「窓際三等兵」と書かれた本を棺に入れられたくないと思うじゃないですか、普通は。まあ、僕の完全な自意識ですけど。

 あと僕は、インターネットの流行には賞味期限があると思っていて、自分では「窓際三等兵」はもう賞味期限切れだと思っているんです。なので、別名義で本を出して「死ぬ前にあれをやっておけばよかった」という後悔をひとつでも少なくしたいという願望もありました。ただ、KADOKAWAさんからは微妙な顔をされましたけど(笑)。

──「窓際三等兵」さんは「早稲田卒」という設定でしたが、「外山薫」さんは「慶應卒」という肩書きです。これは違うキャラクターを創出するための演出ですか?

外山 「窓際三等兵」は「42歳の早稲田社学卒」という設定で、高田馬場にやたら言及する、慶應生はバカにする、みたいなキャラクターを運用していたんですけど、僕、本当は慶應卒なんですよ。なので、本を出すことになった時に、これだけ早稲田っぽいこと書いていたけど実は慶應です、というのが面白いなと思ってカミングアウトしました。

 それと、麻布くんも慶應卒なんですよね。彼はプロフィールを「1991年慶應大学卒、会社員」としているので、「これいいね、パクらせて」と、使わせてもらいました。

──『息が詰まるようなこの場所で』は発売以来、すごい反響です。会社員をやめて専業作家になろうというお気持ちはありますか?

外山 いまのところは、ないですね。一応会社の上司には趣味で書いた本が発売されたということは伝えましたが、本の売り上げで得た収入にはまったく手をつけず、会社員の給料だけで暮らしています。

 あくまでも趣味として楽しみながら書いているからこそ、多くの方に読んでいただけていると思っていますし、「売れる小説を書こう」と狙った瞬間につまらなくなるような気がします。

2023.04.22(土)
文=相澤洋美