世界的な児童文学の名作として知られる『クマのプーさん』だが、それを日本に翻訳・紹介した石井桃子が文藝春秋社の社員だったことはご存じだろうか?

 彼女が、文藝春秋社の創業者であり、『真珠夫人』などのベストセラー作家として知られる菊池寛の伝手で、文藝春秋社で働いていたことを知る人は今ではあまりいないかもしれない。しかも、その石井と『クマのプーさん』との出会いに菊池寛が深く関わっていたことを知る人はさらに少ないだろう。

 2023年3月に、菊池寛の波乱に満ちた生涯を描いた『文豪、社長になる』を刊行した直木賞作家の門井慶喜さんにその知られざる関係と、菊池寛の人となりを聞いた。


門井 石井桃子と『クマのプーさん』との出合いは、文藝春秋社内に当時開設されていた「文筆婦人会」に、犬養家が犬養毅首相の蔵書の整理をお願いしたことがきっかけでした。

 ではそもそも、「文筆婦人会」とはなにか? 菊池寛社長体制下、1929年(昭和4年)に発足したもので、言ってみれば女性たちによる編集プロダクションのようなものです。具体的な業務は、「口述筆記、編集校正、タイプライティング、翻訳、原書代読、パンフレット等の編集」などでした。

 時代は昭和一桁台。会社で働く女性もいるにはいましたが、大半はお茶くみ、雑巾がけが主な仕事。タイピストや電話交換手という仕事もありましたが、「文筆婦人会」のような知的業務とは言えませんでした。

 当時の「文藝春秋」の広告文にはこう書かれていますね。

「私達は、女性と云うハンディキャップなしに充分働くつもりです。私達の過半は女子の最高教育を受けて居りますので、思操能力の点で充分皆さまの期待に副(そ)うことが出来ると思います。どうか、どんな仕事でも結構ですから、御用命をねがいます」

2023.04.20(木)
文=第二文藝編集部