この記事の連載

「会社員」であることが好き

 あとは、基本的に自分が「会社員」であることが好きなんですよ。「サラリーマン」って、考えようによっては毎日が取材みたいなものなので、たとえば嫌なことを言われたら「これは小説で使おう」とネタになるじゃないですか。なので、万が一100万部売れて1億円の印税が入っても、サラリーマンは続けると思います。そもそも僕には超大作を書けるようなストーリーテリングの能力はないので、100万部売れる小説なんて書けませんけど(笑)。

──次作にもすでに取り組んでおられるとお聞きしました。

外山 はい、そうなんです。いまは小学校受験をテーマにした小説を書き始めています。

 東京都心の有名私立中学校の受験対策塾として有名な「SAPIX」は、通常小学校4年生から受験カリキュラムがスタートするんですが、いまは1年生からSAPIXに入塾していないと、その受験コースに入れないくらい狭き門になっている校舎もあるそうです。

 なので、在籍枠を確保するためには、小学校1年生から塾に通わせないといけない。それを聞いた親たちが、「だったら小学校から高校までエスカレーターで進める付属に入れよう」と受験させているそうで、お受験マーケットがものすごいことになっているらしいんです。そんな話を聞いて、これは絶対に面白いと感じてテーマに選びました。『息が詰まるようなこの場所で』と兄弟作みたいな形で書けたらいいなと思っています。

──「小学校受験」となると、外山さんご自身やお子様の経験も反映されるのでしょうか。

外山 そこは想像してもらえれば(笑)。もちろん、現在の受験事情はいろいろな方に取材していますが、いちばん反映されているのは、大学生の時にアルバイトしていた塾講師の経験かもしれません。塾産業の過酷な現実とおどろおどろしい熱量みたいな。受験は怖いとみんな思っているはずなのに、一方でレールに乗る安心感みたいなものもあるので、そのあたりの矛盾や葛藤も描いていければと思っています。

──『息が詰まるようなこの場所で』の続編はもうお書きにならないんですか?

外山 それもよく聞かれるんですけど、湾岸タワマンは自分で書き尽くした感があるので、もう書きません。先ほどもお話ししたタワマンの「賞味期限」が僕のなかではもう終わっているので、誰かが書くかもしれませんが、僕が書くことはもうないです。

──その「誰か」が「窓際三等兵」さんという可能性はありますか?

外山 それもないです(笑)。正直、もう「窓際三等兵」のアカウントは閉鎖したいんですよ。おかげさまで外山薫がそれなりに評価されているので、「窓際三等兵」なんて存在せず、最初から私は作家の外山薫でしたみたいな顔をしたいんですけど、10万人近いフォロワーさんとも離れがたいのでどうしようかと……。

 まずは次作をしっかり書き上げ、いつか「外山薫」として独り立ちできるようにがんばっていきたいと思います。

息が詰まるようなこの場所で

定価 1,650円(税込)
KADOKAWA
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

← この連載をはじめから読む

2023.04.22(土)
文=相澤洋美