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どこか可愛らしい印象の樫野埼灯台

 語り部の方に挨拶した後、我々は官舎の隣にある灯台へと入った。

 樫野埼灯台は、前日訪れた潮岬灯台と同様、ブラントンによる日本最初期の石造り灯台だ。だが、すんなりとしたフォルムで背も高かった潮岬灯台よりも随分と小さく、どこか可愛らしい印象で、すぐ隣に螺旋階段まで付設されている。

 本来なら、観光客はこの螺旋階段でしか上り下り出来ないらしいが、今回は(前日に引き続き)特別に灯塔の中まで入れてもらえた。

 この灯台は、もともと日本で最初に反射器レンズを使用した回転式灯台であったという。

 この反射器レンズはフレネルレンズとはまた違った形で、10個の反射鏡が5つの平面に設置され、2分半で一回転する仕組みだったらしい。保守管理が大変だったが、フレネルレンズよりも地震に強いとされていたので、日本の風土を鑑みて採用されたと見られている。

 その後、扱いの難しさや価格の高さなどの理由でフレネルレンズに取って代わられ、現在の樫野埼灯台にはフレネルレンズと、それを動かす水銀槽式回転装置が残っている。

 この水銀槽式回転装置というのは、重いレンズを水銀の入った水槽に浮かべることで、小さな力で安定して光源を回転させる装置である。

 今は使われていないが、かつてはこの「小さな力」は錘を落とすことによって生み出されており、灯台守の方は日々錘を巻き上げる仕事をしていたという。

 この錘、自由落下の力を最大限引き出すために、灯台の地下まで穴を掘って、出来るだけ高さを出すように設計されている。この穴は現在も残っており、例に洩れず見せて頂いたのだが、真っ暗な井戸を覗き込んでいるような感じで相当に怖かった。

 ここでも海上保安部の方のサービス精神は健在で、「やってみます?」と錘の巻き上げの疑似体験をさせてもらったのだが、見た目よりも重く、重労働であったことを思い知らされた。錘も、水銀槽も、現存しているのは大変少ないということで、とても貴重な体験をさせて頂いた。

 その後、またもや特別に入れて頂いた灯室で見たフレネルレンズは、前日とはまた違った美しさと感動があった。

 一目見た瞬間、ファンタジーで出て来る魔法の道具じゃん、と思ってしまったのだ。

 潮岬灯台のレンズはお椀型だったが、樫野埼灯台のレンズは、ランタン型とでも言えば良いのだろうか。中央にある光源を囲むようにレンズが設置されており、ガラスの面が多い分、浮世離れした雰囲気が強かった。現役の水銀槽の上を低い駆動音を響かせてゆっくり回る光景は、いかにもスチームパンクなどの物語世界に出てきそうに見えたのだ。

 また、周囲を囲むガラスの壁も、やっぱりステンドグラスのように優美だった。海を望む側が一面開けていて、恐ろしいほど透明の海水が、岩場に砕けて散って行く様子がよく見える。

 この時、「あれがエルトゥールル号がぶつかった岩ですよ」と、丁寧に海のほうを指さして教えてもらったのだが、私にはどれが問題の岩なのか、はっきりとは分からなかった。それも無理からぬことではあったと気付いたのは、灯台を見終わった後に訪れた、エルトゥールル号の事故について解説し、その後の調査で見つかった遺品や当時の品などを展示しているトルコ記念館に行ってからのことである。

2023.03.04(土)
文=阿部智里
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2023年3.4月合併号