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海難事故の悲劇から生まれたトルコと日本の絆

 では、海に面した壁に設置された小さな窓を覗き込む形で、問題の岩をはっきり視認出来るようになっているのだ。

 この岩は「船甲羅」と呼ばれている。

 最初にそれが「船甲羅」だと分かった時、私は拍子抜けしてしまった。波立つ水面ぎりぎりになめらかな黒い影が見え隠れする程度で、名前でイメージしていたような、大きく恐ろしい岩には到底見えなかったのだ。

 だが、そう思ってすぐに「いや、だから怖いのか!」とハッとした。

 つい、観光名所のような気持ちで見てしまったが、この岩に名前がついているのは見た目が珍しいからではない。全く目立たないからこそ、多くの事故を起こしてきたのであり、その恐ろしい実績からついた怖い名前なのだと、遅まきながら思い至ったのだ。

 うすら寒い心地がしながら、無理やり記念館の中へ視線を戻せば、そこにはたくさんの資料が展示されている。

 亡くなった方が実際に使われていた遺品の数々。船上でたくさんの船員のお腹を満たしていたであろう大鍋。救助活動を克明に記した村長さんの日記。負傷者の治療に当たりながら、「ただ痛ましい姿を見かね、助けたい一心だったから」と治療費の受け取りを断るお医者さまの手紙。

 今でも、トルコの駐日大使は着任すれば慰霊のために必ず串本町を訪れ、地元の人々ともあたたかな交流を続けているという。

 記念館を出る直前、エルトゥールル号の水中発掘調査について書かれた本を購入した際、おつりを数えながら記念館の方が教えてくれた。

「ここの慰霊碑は、地元の小学生が定期的に掃除するんです。実は、そういう私も地元の人間でして……」

 小さい頃はここで清掃をしてました、と、そう語る姿はなんとも嬉しそうで、事故に対する悲愴感よりも、その後に築いてきたトルコとのがりを大切に思っていることが強く伝わってきた。

 最後に、我々は可愛らしいトルコの雑貨が店先に並べられたお土産屋さんに入った。

 編集のSさんが「トルコアイス、絶対に食べたいです!」と主張し、私も全く同じ思いだったからだ。

 お店の中は、「ここって和歌山だよね……?」と思わず確認したくなるほど、トルコの民芸品であふれていた。

 繊細な刺のバッグや、青いガラスで出来た目玉のような魔除けのお守りナザールボンジュウやそれをもじったアクセサリー、華やかな絵付けのされた陶器などなど。あまりに可愛い雑貨が多いので、私も自分用にターコイズブルーの小さなバッグを購入してしまった。

 全員で頼んだトルコアイスは、もちもちしているのに口当たりはさっくりと軽く、甘いのに甘すぎず、冷たいのに冷たすぎず、後味はさわやかだった。めちゃくちゃ美味しい! と感動しつつも、見た目はよく知るバニラアイスなのに、今まで食べたことのない味と食感に困惑し、「なんだこれ、すごくうまい! すごくうまいけど、なんだこれ……?」と呟いているうちに食べ終わってしまった。

 お店を出る際、「初めての味で、とっても美味しかったです」と声を掛けると、お店の方は「うちのトルコアイスは、本当の、本場の味ですから」と、控えめに、しかし誇らしさを滲ませて微笑んだのだった。

 ここに来た時には、過去の大事故がただただ恐ろしく、いたましい思いばかりが胸をふさいでいた。だが、悲劇は単なる悲劇で終わらずに、そこから生まれた人と人との交流は強く根を張り、今も健やかに枝葉を伸ばし続けているようだ。

 そうしたことを、私は樫野埼灯台で強く感じたのだった。

追記

こちらの原稿を入稿後の2月6日、トルコ・シリア大地震が発生しました。そんな中、串本町はいちはやく募金箱を設置し、義援金を募集しているそうです。被災された全ての方に心よりお見舞い申し上げます。

樫野埼灯台

所在地 和歌山県東牟婁郡串本町樫野1006-1
アクセス JR紀勢本線串本駅よりバス37分、タクシー20分
灯台の高さ 14.6m
灯りの高さ※ 47m
初点灯 明治3年(昭和29年改築)
https://romance-toudai.uminohi.jp/toudai/kashinosaki.php
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

歌舞伎俳優・中村獅童さんが灯台を巡る

「海と灯台プロジェクト」では、歌舞伎俳優の中村獅童さんとフリーアナウンサーの笠井信輔さんが灯台を巡る特別番組を製作。2021年には観音埼灯台から野島埼灯台、犬吠埼灯台へ。そして2022年は瀬戸内海で村上水軍の足跡を辿りながら釣島灯台、大浜埼灯台を巡り、灯台の歴史と人々との関わりを紐解いていきました。現在、YouTubeで公開中。ぜひ、ご覧ください。
https://www.youtube.com/@user-ig1xv2rd7r

オール讀物2023年3・4月号(第168回直木賞決定&発表)

定価 1,200円(税込)
文藝春秋
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次の話を読む幸運をもたらす光を放つ 三重県志摩市・安乗埼灯台 岬の突端に聳えるその姿はどこか荘厳

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