音楽の力とその素晴らしさ

 歌舞伎座という歴史ある劇場における「父の目線」を改めて感じたという鷹之資さんは、この作品にどのような魅力を感じているのでしょうか。

「何と言ってもまず曲の素晴らしさです。踊りながら最初から最後まで本当に名曲だと毎日実感しています」

 その内容は兄・頼朝に追われ大物浦まで落ち延びて来た源義経主従一行に起こる出来事を描いたもので、同行していた義経の恋人・静御前は別れを余儀なくされます。そして海へと船出した一行の前に、壇ノ浦で義経に滅ぼされた平知盛が霊となって現れるのです。静御前と知盛の霊という、性別も立場も異なる人物をひとりの演者が演じ分け、静と動の対照も鮮やかな構成が大きな見どころとなっています。

「静(御前)の義経との別れの切なさ、平家の怨念を背負って登場する知盛の陰の迫力。それを曲に乗せて舞踊として表現することは一朝一夕でできるものではありません。父は常々、芝居は音が大事と話していたのですが、踊りにおいてはなおさらです」

 音楽に限らない歌舞伎における音の大切さについては、ドキュメンタリー映画『わが心の歌舞伎座』でも富十郎さんが自身の言葉で語っています。まだ幼さの残る鷹之資さんの姿をも捉えた稽古場での様子からインタビューへと続くその映像で印象深いのは、富十郎さんの傍らで時を刻む大きな置時計です。

「稽古中の父は自分の出番ではない時に時計のそばによくいたことを覚えています。後になってあの時計が父にとっては特別なものだったことを知りました」

父の姿勢と周囲の支え

 時計には「わが刻はすべて演劇」という、松竹株式会社の創業者のひとりである大谷竹次郎氏の言葉が記され、その言葉を富十郎さんは非常に大切にしていたそうです。それはまさしく富十郎さんの芸に対する姿勢そのもの。

「父は本当に真面目で研究熱心な人でした。図書館などへよく出向いては資料を探していましたし、首の角度をどうすべきかでいろいろな写真集を1日中見ていることもあったそうです」

 富十郎さんは鷹之資さんが14歳になったら本格的に教えると生前に話していたそうですが、永久の別れが訪れたのは鷹之資さん11歳の時。

「残念ながらお役について父に直接習うことはかないませんでしたが、ありがたいことに父に教わったという先輩方、父と舞台を共にした演奏家の方々がその教えやさまざまなことを伝えてくださいます。衣裳さん、床山さん、大道具、小道具、舞台製作に関わるすべてのスタッフの方々がそうやって何かと気にかけてくださるんです」

 歌舞伎関係者だけではありません。能の格式を重んじる作品だけに専門家の助言もあったそうです。

「小学校1年生の頃から父の考えで能楽師の片山幽雪先生にお仕舞を教えていただき、幽雪先生が亡くなられた後はご子息の片山九郎右衛門先生に教えていただいておりますが、今回の歌舞伎座での公演に際して、九郎右衛門先生は稽古の時にわざわざお見えになってくださって衣裳のつけ方などアドバイスしてくださいました」

 静御前の衣裳、知盛が手にする小道具の長刀は富十郎さん愛用の品です。

「衣裳などはそばで見ると色褪せているのですが、不思議なことに照明が当たると何とも言えない色あいになるんです。身につけていると父に包まれているような気持ちになります。皆さんがよくしてくださるのも父あってこそで、亡くなってもなお、自分は父に守られているのだな、と思います。支えてくださる多くの方々に感謝の気持ちでいっぱいです」

80歳の自分に向かって

 偉大な先人を敬いその恩恵に預かった人々が若き後継者に未来を託し、受け継がれた芸によってまた新たな世代を魅了する。その繰り返しの過程でさまざまに輝きを増していく伝統芸能の奥深い魅力は、志ある多くの人々の思いとひたむきな努力の結晶なのです。

「父は自分の工夫を入れるにしても、絶対に基本は崩したくないという姿勢を貫いていました。その精神を守り、きちんとルーツを知った上でこれからさまざまなことを勉強したいと思っています。そして70歳、80歳ぐらいになった時に自分の『船弁慶』というものをつくれるよう、一生をかけて追求していくつもりです」

 気の遠くなるような遠い先をもしっかりと見つめ、目標に向かって邁進する鷹之資さん。その始まりの一歩が歌舞伎座の舞台に凝縮されています。

歌舞伎座新開場十周年
「二月大歌舞伎」

2023年2月2日(木)~25日(土) ※休演日10日(金)、20日(月)
第一部 三人吉三巴白浪
第二部 女車引/新歌舞伎十八番の内 船弁慶
第三部 霊験亀山鉾
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/808