なかなか寝つけない夜なんかも、僕はよく目をつむったままインタビューを受ける。インタビュアーは僕の妄想が作りだした存在で、性別や年齢などは定まっていない。とにかく僕に対して無償の愛というか、際限のない興味を抱いているという点だけが決まっている。僕はインタビューの中で、書いてもいない傑作小説の話や、作ってもいない名曲の創作逸話を話したりする。名人戦で四連勝した棋士として「指してもいない神の一手」の話をして、ブラジル代表を倒したサッカー日本代表のキャプテンとして「決めてもいないゴール」の話をする。
「試合後にネイマールとユニフォームを交換したとき、『いいチームだ』って言われたんです」
 そんなことをしているうちに、僕は眠りにつく。夢の中で、インタビューの続きをしたこともある。
 ひとつだけ、決めていることがある。インタビューの最初に、僕はかならず感謝をする。架空のファンに。架空の同僚に。架空の両親や架空の妻や架空の息子や娘に。

 何かの賞をとったときなどに、僕はたまにスピーチをする。スピーチは苦手だけれど、上手になろうという気もない。僕の仕事は小説を書くことで、スピーチをすることではない。
 スピーチの最中、僕はいつも心の中で自分に感謝をする。小説を書きあげた過去の自分自身に。書かれた小説は僕のものではあるけれど、現在の僕のものではない。

 作家になってから、一度だけ「がわさんにとって、この世でもっとも怖いものはなんですか」という質問を受けたことがある。
 取材の中で、独裁政権による恐怖政治についてひとしきり語ったあとのことだった。僕は数秒間考えた。十年以上前、島内と飲んだ日、チバユウスケとソクラテスとダンブルドアに相談したことを思い出した。「怖いもの」はなんだろう? 僕は今、誰に相談すればいい?
 誰も答えてくれなかった。僕は自分がいつの間にか、貴重な相談相手を失っていたことを残念に感じつつ、しかし「大人になる」というのはこういうことなのかもしれないと、妙に納得したのだった。
です」と僕は答えた。「蛾」か「マッケンジー」の二択で迷った。「マッケンジー」が何で、どうして怖いのかを説明するのが面倒だったので「蛾」と答えた。
「蛾って、昆虫の?」
 質問をした記者の人が呆気に取られていた。話の流れから「全体主義」とか「独裁者」とか、「暴力」とか「戦争」とか「差別」とか、そういう答えを想定していたに違いない。
「はい」と僕はうなずいた。「蛾です」

2023.02.10(金)
文=小川 哲