『ある愛の寓話』(村山 由佳)
『ある愛の寓話』(村山 由佳)

果てのない愛の神髄を描く

「官能には突き当たりがあるが、愛には果てがない」――本書の執筆中、村山さんが思わず口にしたひと言だ。

 著者デビュー30周年記念作品となる『ある愛の寓話』には、〈人〉と〈人ならざるもの〉との間の愛のありようを描いた6編が収められている。

 執筆のきっかけは「村山さんにとって猫は性愛の対象になりますか?」という編集者からの何気ない問いかけだったという。日々、猫たちとともに暮らしている村山さんだが、

「残念ながら猫は性的な対象にはなりません(笑)。ただ、昔、飼っていたシェパードには恋人に感じるような安心感を抱いた記憶もあって、あのときの感情は何だろう? と考えていくうちに、構想が膨(ふく)らんでいきました」

 バンドマンの恋人が置いていった犬と暮らす女性(「同じ夢」)、捨てられた余命幾ばくもない猫を引き取る出版社社員(「世界を取り戻す」)……。やがて著者の筆は〈生きもの〉の範疇(はんちゅう)さえ超えて、ぬいぐるみや籠、果ては〈この世のものではなさそうな何か〉にまで射程を広げていく。

「人と人との恋愛には、時に打算がつきまとったり、力関係が働いたりと、雑味が混じることがありますよね。ところが相手が人でなくなった途端、無償の愛になったり、執着の純度が高まったりする。人ならざるものとの間にも“魂の交歓”はあるという確信を、しっかり描いていくことが、今回の私のチャレンジでした」

 そんなときふと編集者に語ったのが、冒頭の言葉だったという。

「別に、自分が官能の果てまで経験したなんて豪語するつもりもないんですけれど(笑)、エロスをどれだけ突き詰めていっても、それは様々な行為のバリエーションにすぎないのでは? という気持ちになってきたんです。人と人ならざるものとの間には、性愛の行為が介在しにくいぶん、もっと純粋な愛の持続性を描いていける。そういう手応えを感じたんですね」

 6編の中には、乗馬に夢中になる少女、シベリア抑留の記憶を辿(たど)る老人などが登場し、これまでの村山作品を想起させるところもファンには嬉しい。

「30周年記念だからというわけでもないのですが、我ながら『村山由佳見本帳』のような一冊になりました。これまで私が書いてきたものに味わいが似ていたり、そこから派生してきたものだったり……。本書の最後に収録した『訪れ』は、今後ここから新たな世界が生まれていく一編になるかもしれません。この本が作家生活31年目の入り口になってくれたのは、幸せなことです」


むらやまゆか 1964年生まれ。93年『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。主著に『ダブル・ファンタジー』『風よ あらしよ』等。


(「オール讀物」2月号より)

2023.02.08(水)
文=「オール讀物」編集部