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 ノンフィクション作家・梯久美子さんによる2年半ぶりの最新作『この父ありて 娘たちの歳月』が2022年10月に刊行になりました。梯さんが、渡辺和子や田辺聖子、石牟礼道子など、9人の著名な女性作家とその父娘関係を通して、彼女たちの創作の秘密や人生に迫ったのが本作です。刊行を記念して、エッセイストで新刊『女人京都』を上梓された酒井順子さんをゲストに、誠品生活日本橋で対談イベントが開催されました。二人が語る「父娘関係」、そして「女性と文筆」とは。(前篇を読む)


父の遺志を継ぐのは息子とは限らない

酒井 石垣りんさんは父親の存命中から作品を発表されていましたが、父の死後に父との関係性が変化し、作品を書いたという意味で『この父ありて』のなかで対照的なのが、辺見じゅんさんですね。弟の角川春樹さんが、辺見じゅんさんと父の角川源義さんを「死後の親子だった」と本の中で語っていらっしゃいましたけれど。

 そうですね。辺見さんのデビュー作は実はノンフィクションではなく、私小説だったんです。家族のことを書いた『花冷え』という作品なのですが、源義さんはその作品のことをあまり認めていなかったようなんです。

 以来、辺見さんは書くことから距離を取っていたのですが、源義さんの最晩年になって、国文学者で民俗学者だった父の遺志を継ぐように、日本各地に聞き書きの旅に出て、ノンフィクションを書くようになります。ノンフィクションの取材って、民俗学のフィールドワークに近いものがあるんです。だからなのか、源義さんも、亡くなる少し前、自分の貴重な資料を辺見さんに譲ったりしています。

 源義さんは優秀な国文学者だったのですが、様々な事情から学者の道を諦めて角川書店を創業したんです。つまり源義さんは、角川書店という実業は息子二人に継がせ、自分が本当に究めたかった文筆の夢は娘に託したんじゃないかと、この本を書きながら考えていました。父の遺志を受け継ぐのが息子だけとは限らない。娘が継ぐ場合もあるんじゃないでしょうか。

酒井 大塚家具とか(笑)。

(会場爆笑)

2022.12.15(木)
文=文藝春秋第二文芸編集部
撮影=鈴木七絵