コロナ禍では、野菜だけでしばらく暮らしてみた
――初タッグを組んだ、荻上監督の演出はいかがでしたか?
セリフのやり取りに関してはあまり作り込むことはしませんでしたが、監督が明確にこだわりを持っている部分もあり、それはたいてい食に関する場面でした。
――具体的にはどういうことを?
山田が、久しぶりに炊きたてのごはんを食べる場面で、炊飯器から茶碗によそうのですが、監督が「もうちょっと盛りませんか? 久しぶりですよ?」とおっしゃった。僕としては、一気に食べてしまうのはもったいないから、山田は少しずつ食べるんじゃないかなと考えていました。でも、金がなくて庭で採れた野菜だけの生活だったのが、やっと白米にありつけた。もう少し豪快に食べてほしいという監督の意向でした。ほかにも「ビールって、もうちょっとおいしくないですか?」とも言われました(笑)。監督はお酒がお好きなので、こだわりが強かったんだと思います。
――炊きたてのごはんのにおいを、力一杯吸い込むところも印象深かったです。
あれも監督の演出ですね。そう考えるといろいろやったな(笑)。撮影時期はちょうどコロナ禍で自宅待機の時間もあったんです。せっかくなので、山田と同じように野菜だけでしばらく暮らしてみました。そういう環境を作るのはなかなかできないけれど、そうせざるを得ない状況に追い込めたのは面白い体験でしたね。
――山田におせっかいを焼く隣人の島田をムロツヨシさんが演じておられます。ムロさんとの共演はいかがでしたか?
ムロさんっていろんな種類の演技ができる方だと思います。これまでは、インパクトの強い役の印象が残っていたのですが、今回は、違うように見えましたね。物語が進むにつれ、島田の背負うものが次第に見えてくるのだけれど、その滲ませ方が絶妙でした。改めてすごい俳優さんだなと思いましたね。
――ほかにもハイツムコリッタの大家を満島ひかりさん、ハイツの住人の墓石売りを吉岡秀隆さんが演じています。
みなさんに共通しますが、役の通り、触ったら崩れそうな繊細さがあったんですよね。俳優さんなんだけど、見せ方の技術ではない、ご本人の持つ魅力が表れていた気がします。(満島)ひかりちゃんの娘役の子供がしょっちゅう眉間にシワを寄せていて、注意されていたんです。そうしたら、ホースで水を撒くシーンで、ひかりちゃんもまったく同じ顔をしてた。「ひかりちゃん、(眉間に)シワ寄ってるよ!」と言ったんですけど(笑)。強い光を浴びたのだから、眩しそうな顔になるのは当然ですよね。そういう、カメラにどう映るとか意識していないところがすごく好きですね。みなさん、演技は二の次で、あの場に自然に存在することを大事にしていた人たちだったんじゃないかな。
2022.09.16(金)
文=黒瀬朋子
撮影=深野未季
ヘアメイク=勇見勝彦(THYMON Inc.)
スタイリスト=五十嵐堂寿