熊本県菊池市「やまあい村」の「走る豚」

 結果的に選んだ豚肉は、どれも放し飼いで飼われている豚たちでした。脂身の豊かな甘み、豚らしい肉の香り、旨みもしっかり。なにより食べても体が重くならない健やかな味。飼育方法がおいしさに反映されることがわかります。

 熊本県菊池市の山間で、豚の放し飼いに取り組まれている「やまあい村」の武藤勝典さんを訪ねました。

 熊本県は言わずと知れた水のきれいな地域。熊本市内であっても水道水の水源は、天然地下水であるというから驚きです。水は、森が雨水を蓄え、何十年という歳月を経て、土壌からのミネラルを含みつつ濾過して生まれたもの。山が守られていてこそ、このきれいな水が生まれます。

 およそ20年前、「やまあい村」があるその場所に、ゴミの産廃施設ができる話が持ち上がったそうです。美しい山、そして水を守るために、武藤さんのお父さん(「やまあい村」の創業者)は立ち上がり、借金をしてこの場所を買い取りました。そこで、この広い面積を生かせる産業として、放牧豚を飼育することに決めたそうです。

森が育む、自然と豚の循環型飼育

 しかし、家畜の糞尿もまた、次なる水質汚染を生み出す可能性があります。そこで循環型の飼育方法に取り組み始めた「やまあい村」。山にはおよそ30もの区画がありますが、そのうち10区画で放牧を行い、20区画は2年ほど休ませながら草木が自由に生えるのを待ち、糞尿から蓄積した過剰な窒素分を植物が吸っていく。2年を経るとほとんど森に返った状態となり、その場所に子豚が放たれます。1区画はおよそ10アール。その中にたった15頭だけ。一般的な豚の飼育環境に比較すれば80倍の広さになります。

 子豚は背丈が長く伸びた草木により鳥の攻撃から守られたり、ミミズや小動物、栗やどんぐりなどを自由に食べたり。それだけでは餌が足りなくなるので、自然栽培で育てた野菜や、遺伝子組み換えではないとうもろこしや大豆などの飼料も与えられながら成長していきます。

 自然の力を生かしながら飼育された豚たちは、腸内環境が整い、糞尿も分解されやすくなります。通常5か月で出荷されるところ、7〜8か月をかけて飼育されるのですが、よく動く豚たちは体の中にアミノ酸を多く蓄えることができ、他にはない豊かな旨みが含まれていくのです。

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