春樹さん、呑気に街を散策
そのイベント予定の日は朝から熊本市内を歩いた。
春樹さんはもう相当顔がバレているのでサングラス掛けるなり帽子を被るなりすればいいのに、「いや、そんなでもないよ。東京でもけっこうバレないよ」と得意げに言う。そこに「だからこんな地方の街でバレるわけがない」というニュアンスを感じたのは私だけだろうが、ともかく、のんびりと街中を歩き、ふらり入った大きな書店内でも臆することなく堂々と連なる本を見回っていたが、その気のゆるみからか結局レジの人に見抜かれてサイン攻めに遭ってしまった。そりゃそうだよ、熊本ったって書店の人だよ、甘く見ちゃいけないよ。
それでも懲りない春樹さん、その日の午後、森鴎外や夏目漱石などの文豪が通った長崎次郎書店に行った際、2階の喫茶室でお茶を飲もうかというとき、「ここならバレないでしょう、喫茶室だから。ご主人も見たところ木訥とした感じだし」と帽子を脱いで呑気に注文。
皆で喉を潤してそろそろ出ようかとしていたら、そのご主人すすっと近づいてこられて「もしかして村上春樹さんではないですか?」。「はい」と即答の文豪である。「うわっ、どうしてこんなところに!? 熊本には何をしに? 妻がファンなんです! 今出かけてますがもうすぐ帰ってくるんで、会いたいと思うんですよ、待っていていただけたら」とおっしゃったところで、申し訳ないけれど席を立った。冷や汗かいて階段を下りる春樹さん。私は言った。ほら、ね、地方を、熊本を、おじさんを、甘く見ちゃいけないんだって!
村上春樹さんの「熊本旅行記」をめぐる
ちょっとしたこぼれ話
2015.08.25(火)
文=吉本由美
撮影=都築響一
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