古今東西のシンプルなかたちの中に美しさを“見出す”
たとえば、月のことを考えてみるといい。千年の昔から、日本人はいつも夜空の月を見上げ、宴を開き和歌をうたい、愛を語らってきた。単に真ん丸か、どこか欠けた円形の物体を、よくぞこれほど眺め続けられると感心してしまう。
いや、ただの丸だから、いいのかも。かくもシンプルなかたちだからこそ飽きないし、そこに美を見出し得るのでは? そんなことを考えさせてくれるのが、森美術館で開催中の「シンプルなかたち展」だ。
2003年、六本木ヒルズ森タワーの最上階につくられた同館は、今年1月からしばしメンテナンスに入っていた。4月にリニューアルオープンし、これが最初の催し。その名のとおり、有史以前から現代に至るまで、人類が見出してきた「かたちの歴史」を見渡そうというものだ。
世に無数あるかたちの中でも、シンプルなものほど美しい、私たちの眼はそれを欲しているのだとの確信のもと、作品が集められている。
展示物は多岐にわたる。フランスで発掘された先史時代の火打石は、月桂樹の葉に似ていてかわいらしい。ギリシャ・ケロス島で出土した紀元前3千年紀の女性の頭部像は、輪郭と鼻筋しか形づくられていないのに、その優美なラインが女性の艶めかしさを想像させる。
古くて無名の作者によるものとともに、美術史の王道にある作品も並ぶ。切り絵手法でかたちと色の調和を模索したのは、アンリ・マティス《「ジャズ」9形態》。コンスタンティン・ブランクーシの《新生》は金色に輝く卵形彫刻で、覗き込んでいると内側に吸い込まれそう。現代アートの最前線を走るアニッシュ・カプーアの作品は、一部分が膨らんだ壁面を《私が妊娠している時》と題している。生命の宿りは形状的にも美しいと、改めて教えてくれる。
省略や削ぎ落としを旨とする日本文化からの出品作も多い。富士山のなだらかな稜線をくっきり浮かび上がらせた岡田紅陽のモノクロ写真《神韻霊峰 七面山》や、安土桃山期の長次郎による黒樂茶碗《太夫黒》などからは、尋常ならざる研ぎ澄まされた感覚が伝わる。
美とはどんなところに生じるか。ものごとの原型を指し示すような、シンプルで普遍的なかたちのなかに立ち現れるのだ——。会場を巡れば、それを体感できるはず。作家のネームバリューや時代区分、美術潮流といった小難しいことなんて、美とは直接関係ないことにもまた、気づかされる。
選りすぐりのシンプルなかたちから、自分なりの美を見つけ出す悦び。味わってみてはいかが?
『シンプルなかたち展:美はどこからくるのか』
会場 森美術館(東京・六本木)
会期 2015年4月25日(土)~7月5日(日)
料金 一般1,800円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL http://www.mori.art.museum/
2015.06.20(土)
文=山内宏泰