夢の中で子どもが“唱えていた”言葉
精一杯の笑顔を作りながら運転席を回り込んで助手席のドアを開けると、冷房のひんやりとした空気が流れ込んできました。
Iさんは考え込んでいるKさんに気づかれぬように侮蔑的な視線を向けたそうですが、彼が顔を上げるのに合わせて、いつもの後輩然とした表情に素早く切り替えました。
Iさんが自宅の前まで車で送り届けてもらったのは、もう日が落ち始めて辺りがオレンジ色に染まり始めていた頃でした。
「今日は助かったわ」
「いや、俺こそ先輩の力になれてよかったっす! きっとこれで祟りも治まるんじゃないっすかね! もうビビって暮らさないで済みますよ!」
Kさんは冷たく凄んだ目を向けましたが、Iさんは笑顔を崩しませんでした。
「……そうだな。じゃあ、また飲もうな、今度は俺が奢ってやるよ」
「マジっすか! あざます!」
頭を下げるIさんに排気ガスを勢いよく吹きかけながら遠ざかっていくKさんの車。
その後ろ姿が見えなくなると、Iさんはアパート脇のゴミ箱を思いっきり蹴りつけました。
◆◆◆
その日の夜。
Iさんは夢を見ました。
白くモヤがかかったような、強い日が差し込むあの展望台に彼は立っていました。自分の他にも大勢の人が桜を見ようと集まっているようで、ワイワイと賑わっています。
Iさんが視線をあの小さな丘の方に向けると、そこに子どもが立っており、パクパクと口を動かしているようでした。
背後の喧騒が遠ざかるのを感じながら、Iさんが導かれるように草むらを掻き分けて近づいていくと、ようやくその子どもが言っている言葉がわかりました。
『み に え の あ み め を よ う く ぐ り お っ た』
“御贄の網目をよう潜りおった”
子どもはそう繰り返していたのです。
