「ここもだ、落書きが一切ない」
豪華絢爛を通り越して軽薄さすら漂っていたA館とは異なり、外から見ると地味な外観だったB館はその内部も同じようにシンプルでした。
「こっちはそこまでお金がない人でも利用できる価格帯だったのかもね」
場を和ませようとしたIさんの言葉に相槌を返してくれる者はおらず、無言のまま暗い通路を進んでいくと、道の先に別の式場の入り口が見えてきました。
“披露宴会場グレイス・ローズ”
入り口看板に書かれたその式場は、先ほどIさんが訪れた場所より一回り小さく、装飾もシンプルなホテル風で、茶色地に薄ベージュの幾何学模様が描かれたカーペットが敷き詰められていました。
中に入ってみると、ガランとした会場には無機質な白テーブルと布地の背に穴が開いたボロボロの椅子がズラリと並び、奥に新郎新婦が座っていたであろう壇上席がありました。
「……なんか息苦しいね、ここ。誰もいないのに会場いっぱいに人が詰まっている感じというか」
「嫌なこと言うなよ……」
「……落書き」
「え?」
「ここもだ、落書きが一切ない」
白壁に明かりを当てながら呟くTさん。
確かにこの廃式場はロビーに入った辺りから、不良たちが描いたと思われるスプレーの落書きはその姿を消していました。
