大事なのは売れることよりも健康なのだ

 翌日病院に行ってすべてを説明すると、「鯛にアニサキスは滅多にいないし、いたとしてもアニサキスは胃に寄生してすぐに強い腹痛が出るもの。アニサキスではない何らかの食当たりではないか。蕁麻疹は関係あるかはわからない」などと鼻で笑いながら告げられた。確かに私が食べた養殖の鯛にアニサキスが寄生している確率は低いようだし、腸アニサキス症の発症率も低いとはいえ、ゼロではないはずである。この医者は腸アニサキス症を知らないのか?

 だが諸症状はすでに治り、昨日の蕁麻疹もほぼ消えてしまっていたので、様子を見ますと言って病院を後にした。

 鼻で笑われたことに腹が立った私は、また魚介類を食べたらすぐにアレルギーが出るかもしれないという目論見で、病院の隣の洋食屋に入った。メニューを開いて後悔した。すぐに吐くかもしれないランチに1800円は高すぎる。

 とはいえ魚料理があるうえに食後のコーヒーが一杯おかわり無料で、アレルギー待ちにはこれ以上ないお店だった。これで蕁麻疹が出た状態でさっきの病院に行って、ほらね! と言ってやろう。

 魚料理のランチはブリのポワレ。値段相応に美味しいが、すぐ吐くかもしれないものがこんなに美味しい必要はない。ゆっくり食べたあと、コーヒーをゆっくり飲み、2杯目もこれでもかというくらいゆっくり飲んでも、アレルギーが出ない。2時間近く居座ってランチの時間が終わってしまい、店を出た。

 その後も近くの本屋に寄ったりしてアレルギーが出るのを待っていたが、何ともなかった。ただ高めの美味しいランチを味わっただけになってしまった。いや、高かったからこれで良かったのだろうか。

 以来、火を通した魚介だけでなく、生魚を食べてみても、何を食べても、何ともない。あの下痢や嘔吐の原因がアニサキスだと断定もできなかった上に、あの痒みと蕁麻疹が何だったのかもわからない。

 わからないけど、一つだけはっきりわかったことがある。あの時私は確かに、こんなことなら売れなければ良かったと思った。苦しんでいる真っ最中だからそう思っただけ、なんて思わない。あれからひと月半が経った今も、同じことを思う。もしも売れることと引き換えに健康を失うなら、売れたくない。もしも一生売れない代わりに人並みの健康を手に入れられるとしたら、健康が欲しい。健康の価値に比べれば、お金の価値など大したことはない。健康を失えばどうせ仕事もお金も失うのだ。

 魚を食べられる、味噌汁を作って飲める喜びを、あれ以来噛み締めて生きている。私にとって大事なのは売れることよりも健康なのだとはっきりわかった。それが身に沁みてわかっただけ、あの苦しみも悪くなかったかもしれないとさえ思う。

絶対に終電を逃さない女(ぜったいにしゅうでんをのがさないおんな)

1995年生まれ。大学卒業後、体力がないせいで就職できず、専業の文筆家となる。様々なWebメディアや雑誌などで、エッセイ、小説、短歌を執筆。単著に『虚弱に生きる』『シティガール未満』、共著に『つくって食べる日々の話』がある。
X:@YPFiGtH

虚弱に生きる

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