一度体調を崩したら雪崩のように全身が崩壊していく
もう治ったかな? と思っても2時間くらいでまた腹痛がやってくる。いつも以上の猫背でドラッグストアに行って正露丸を買って飲んでみたが、効果は今ひとつ。嘔吐は2回で済んだが、下痢は翌日まで続いた。月曜には軽い腹痛のみになったので、結局病院には行かなかった。
私は陽の差し込む白いベッドの上で、激痛や嘔吐を伴うような病気から回復した時にしかない、特有の充実感に満たされていた。生きている、という感じがする。小さな不調では決して得られないこの清々しさだけは、嫌いではないといつも思う。
しかし、治って終わりではない。身体が弱いため普段から細心の注意を払って生活している私は、一度体調を崩したら雪崩のように全身が崩壊していくことが少なくない。
アニサキスにより受けた消化器官のダメージのせいで、後遺症的に栄養摂取に支障が出るかもしれない。緊張状態やうずくまる姿勢が続いたことによる凝りのせいで、身体のあちこちに痛みが出るのは必至。ただでさえ痔になりやすいのに、下痢と姿勢不良のせいでさらに痔のリスクが上がっている。2日間寝込んで食事もまともに取れなかったこと、筋トレやラジオ体操などの健康ルーティンを休んだこと、生活リズムの乱れなどによっても、何らかの不調や体力低下が引き起こされるかもしれない。休んで遅れたぶんの仕事を取り戻すための激務で体調を崩すリスクも高い。
アニサキス症自体よりも、二次的に体調を崩さないかのほうがずっと不安だ。これは他の感染症や大きめの不調で寝込むたびに思う。人並みの健康がゼロだとすると、私は何もしていなかった20代前半の頃の健康度が−100で、食事や運動に気を配るようになった20代後半は−50くらいに引き上げられている実感があるので、その+50を失うのではないかという不安に駆られるのだ。
火曜日の朝には腹痛もほぼ消失しており、もう大丈夫だろうと外出をした。午前にインタビューがあり、最近売れたので鯛の刺身を食べたらアニサキスになったんですけどもう治りました、と笑い話にし、そのあと美術館に寄ったら、上半身に痒みを感じた。
これまでもホルモンバランスの影響で軽く痒くなることは珍しくなかったが、レベルが違う。トイレに入ってハイネックのセーターをめくると、首から下腹部まで蕁麻疹が出ていた。見えないが背中も痒いので同様だろう。
アニサキスについて調べる中で得た知識が頭をよぎった。アニサキスが寄生すると抗体が作られることによってアニサキスアレルギーを発症することがあり、アレルギーの場合は加熱した魚介類でも反応が出ることがある。たとえばかつお出汁などでも反応が出る人もいるらしい。思い返せば昨晩は焼き鮭を食べ、今日の昼はエビのビスクを飲んだのだった。
痒みに耐えながら帰宅して風呂に入り、お湯に沈む痛々しい赤い裸体を見下ろしながら思った。もしアニサキスアレルギーだったら、これまでほぼ毎日健康のために食べてきた魚を一切食べられなくなる。出汁もダメなら毎日の味噌汁ももう飲めない。ちくわもキムチもダメだ。どうやって栄養を摂ればいいというのだ。私は人一倍きちんと栄養を摂っていないと、本当に何もできないくらいボロボロの身体になってしまうというのに。
ただでさえ最低限の健康を保つために制約の多い生活を送っている。これ以上の制約はもう耐えられない。そう思うと涙が止まらなくなった。
こんなことなら、売れなければ良かった。
本が売れなければ、あの日調子に乗って鯛を買うこともなかった。
売れたかった。売れたいとずっと思っていた。売れて嬉しかった。でも、売れる代わりに今後一切の魚介を食べられなくなる人生か、一生売れない代わりにどんな魚介も食べられる人生だったら、後者のほうがずっと良い。どんなに貧乏でも、どんなに地位が低くても、どんなに見下されても、健康なほうが良い。やっぱり私は、健康さえあればいい。
文=絶対に終電を逃さない女
