ビデオデッキに旦那がついてきた

近田 ここまで、燦然たる活動歴についてうかがってきましたが、湯川さんのプライベートな側面に関しても、うかがいたいと思います。

湯川 はい。私、2回結婚してるんですよ。でも、1回目は戸籍上だけの結婚で、実態はありませんでした。

近田 どういうことですか。

湯川 私が母と暮らしていた目黒の家に、一橋大学の学生さんが下宿していたんです。あの、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズにインタビューした時に英文を教えてくれた人です。母は、ずっとその彼と私に結婚してほしいと思っていた。私が20代前半だった時、その男性は、銀行に就職してニューヨーク支店に配属されたんですが、そのタイミングで籍を入れました。結局、私が仕事を始めてしまって、一緒に暮らしたことは一度もありませんでしたね。それで30歳の頃、正式に離婚しました。

近田 2回目は?

湯川 36歳の時でした。1972年に、ホノルルのインターナショナル・センターでエルヴィスが大規模なコンサートを行ったんですが、その際、日本から観覧に訪れるツアーを私が企画したんです。総勢200人にもおよぶ参加者の中に、後に私と結婚した男性がいました。

近田 彼もエルヴィスのファンだったんですね。

湯川 年齢は、私の5つ下。彼は、ソニーの家電製品を販売する会社の社長でした。帰国後、当時市販が始まったばかりのビデオデッキを、私に売りつけたんです。「この機械があれば、エルヴィスの公演を何回でも観られるから」って。部下たちには、湯川れい子にデッキを買わせてみせるって豪語していたらしいです(笑)。

近田 それ、買ったんですか。

湯川 はい、買いましたよ。24回払いが終わる前に、ビデオのオマケに旦那さんもついてきて、結婚しちゃったって感じです(笑)。3年後の1976年には息子も生まれました。その相手との婚姻関係は、四半世紀ほど続いたんです。

近田 ということは、離婚なさったと。

湯川 彼は、90年代初めにバブルが弾けた時、株で大損して、たった一晩で何億もの借金を抱えるような苦境に陥ったんです。そして、置き手紙を残して家を出ていってしまいました。

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