いつか子どもを抱っこしている姿があるならば……

 それから2年後。今度は、社会全体がコロナ禍という危機感的状況になる。そんな時代の2020年11月22日、楓浜は生まれた。姉の彩浜の出産においてとても頼もしい存在であった、成都ジャイアントパンダ繁育研究基地のスタッフの不在(コロナ禍での渡航制限などによる)。しかし、結果的には永明と良浜の最後の子になった楓浜であるが、出産とその後のケアまでのすべてを日本のスタッフで無事にやりきったのだった。

 ちなみに楓という言葉には、大切な思い出とか美しい変化といった意味が含まれている。このようにして、今思えば結実的なエピソードが散りばめられている名前にもなった楓浜であるが、コロナ禍の希望のアイコンとして注目され、マスメディアにも引っ張りだこになっていった……。そんな楓浜が今後、母になる日がやってくる可能性も高い。飼育スタッフは、そういうことも願いながら送り出している。

「いつか子どもを抱っこしている姿があるならば、必ず中国へ見に行きたいと思っています」

 飼育スタッフの中谷さんはそう言って目を輝かせた。わたしは思った。(そういえば、これまでのアドベンチャーワールドで生まれたパンダは親元から文字通りに巣立っていった。しかし、今回の姉妹は、母である良浜と一緒に旅をすることになったんだな)と。人間に置き換える必要はないとしても、やっぱり母とともに飛行機に乗るのは、見送る側にとってはなんとなく頼もしいイメージが湧く。そもそもファンの間ではグレートマザーと呼ばれる良浜だから、その存在が抱かせてくれる安心感は絶大だ。そんな良浜は、2000年9月6日に生まれた。初めてアドベンチャーワールドで生まれ育ったジャイアントパンダである。

 梅梅(めいめい)が中国を旅立つ前に交配してできた子どもで、言い方が適切かはわからないが、いわば予期していなかった幸運であった。これがゲームチェンジャーとなり、その後、永明との間に浜家の子どもたちをたくさんもうけることになる。飼育スタッフの中谷さんは「ヤンチャで手を焼く面もあった」というけれど、それでいて一番、自身のカメラを向けたパンダでもあった。

「パンダは正面から見たら、当然、みんなかわいいんですけど、それ以外にも魅力的なところがいっぱいあります。個人的にはつむじとか背中の黒いラインにフォーカスして、撮影することが多いですね。とくに良浜はうなじのあたりにもつむじがあって、かわいかったんです」(中谷さん)

 そして、こう付け加えた。

「良浜はのんびり竹を食べて、たっぷり昼寝をして気ままに過ごしている姿が一番、良浜らしい姿かなと思います。だから、質の良い竹が豊富に手に入る中国でゆっくり過ごしているのはいいですね。そういえば、良浜が赤ちゃんを抱っこしているときに、竹が食べたいというメッセージをなんとなく送ってくることがあり、それを感じ取って竹を渡すと、ちゃんと食べてくれるんです。そういうときは、お互いが通じているなと思えて幸せでした」

 ちなみに、旅立っていったパンダのそれぞれの個性については、事前に中国のスタッフとも共有しているとのことで、季節によって食欲が落ちたりとか、体調を崩しやすい時期はいつだとか、音に敏感な傾向がある個体についてなど、細部にいたる引き継ぎが行われたのだとか。さらに4頭揃って同じ施設で過ごすことができる。それについても中谷さんをはじめとする飼育スタッフが安心しているところだ。

*パンダは正式にはジャイアントパンダと呼びます。このコラムでは、日々、筆者がそう呼んでいるパンダと書いています。

アドベンチャーワールド

所在地 和歌山県西牟婁郡白浜町堅田2399
電話番号 0570-06-4481(ナビダイヤル)
営業時間 10:00~17:00 ※季節により異なる
https://www.aws-s.com/

Column

アドベンチャーワールドから旅立ったパンダ

アドベンチャーワールドから、良浜(らうひん)、結浜(ゆいひん)、彩浜(さいひん)、楓浜(ふうひん)が旅立ってから数カ月が経ちました。パンダたちの旅立ちが決まってから、飼育スタッフが抱いた気持ちとは? また当日の様子はどのようなものだったのか。そして、広報スタッフが明かす、永明と良浜の裏バナシやアドベンチャーワールドの“これから”などについても伺いました。取材・執筆は、ただひたすらにかわいい、パンダを集めたパンダグラビア本『HELLO PANDA』の著者である小澤千一朗さんです。