2010年から開催され、3年毎に開催されている「あいち」の国際芸術祭。6回目となる国際芸術祭「あいち 2025」では「灰と薔薇のあいまに」というテーマで62組のアーティストが参加している。

 劇団「果てとチーク」(12月11日~STスポット、2026年1月15日~シアター711にて新作『だくだくと、』を上演予定)を主宰する升味加耀と国際芸術祭「あいち 2025」を巡った中で印象に残ったのは、フィールドワークなどを通じて、その土地の記憶や文化、痕跡などを作品に昇華するアーティストたちだ。自らの感覚を通じ、誠実に土地と向き合うことで生まれる作品からはさまざまな気づきを得ることができる。

 CREA編集部が国際芸術祭「あいち 2025」で注目したアーティスト3名をご紹介。

» その土地の植物の利用方法や食文化を描く。浅野友理子 《地続きの実り》 2025
» 鯨類と人の関わりや海のフォークロアを紡ぐ。是恒さくら《白華のあと、私たちのあしもとに眠る鯨を呼び覚ます》2025
» 在りし日の瀬戸の透明な記憶をガラスに閉じ込める。佐々木類《忘れじのあわい》2025

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その土地の植物の利用方法や食文化を描く。浅野友理子 《地続きの実り》 2025

 浅野友理子は宮城県を拠点とする作家。東北地方を中心にさまざまな土地を回り、その土地で受け継がれてきた植物や食文化を絵の中に落とし込んでいる。

 はじめは植物そのものの造型や、ミニマムな存在ながら未来への可能性を内包している種や実に惹かれ、植物を描いていたという。

「私は旅が好きなのですが、旅先で出会う民芸品なんかに描かれている植物やその土地ならではの民話、例えば桃太郎なんかもそうですよね。その土地そのものを語る植物があるんだ、ということに気づいて、それから創作活動に自然と繋がっていきました」(浅野さん)

 本人にとっても大きな転機になった作品が2014年制作の《トチを食べる》だ。

「大学院時代に山形県の鶴岡に栃餅の作り方を教わりにいったことがあって。その時におばあちゃんにいろいろ話を聞いたのですが、栃の実ひとつに灰汁抜き、保存法、調理法、生息域……とてつもない大きな歴史が詰まっているということを学びました。それと同時に、栃の実とともにあったその土地の人々のささやかな歴史も眠っているんだということに気づいたんです」(浅野さん)

 この「あいち 2025」で展示している《地続きの実り》も瀬戸に滞在した中で学び、感じた歴史や体験を絵の中に落とし込んでいる。窯業という基幹産業によって大規模伐採が起き、はげ山になったからこその植生による植物や、瀬戸ではかしわ餅を作るのに使うという山帰来という植物、釉薬に使う植物など、その作品に描かれたものは多様。色彩豊かに描かれた作品を眺めていると、いかに普段の私たちが自然をつぶさに見つめていないかを感じさせられる。

「同じ植物でも土地が違えば、味わいや表情もまた違います。それに《トチ食べる》は10年ぐらい前の作品ですが、その時にお話を聞いたおばあちゃんは今はもう別の地域へ移り住んでしまっている。外来種などもそうですが、常にその土地の記憶は移ろっているし、失われている。そうした心が動かされた歴史を記録していきたいです」(浅野さん)

 現在、東京の画廊SNOW Contemporaryで個展「地続きの実り」(会期は11月22日まで)を開催している浅野さん。来年は中国に行ってみたいという。果樹の起源やルーツになっている土地を実際に訪れてみるのだという。日本の植物の源流を巡る旅を終えた後、どういった作品が描かれるのか。

浅野友理子

1990年宮城県生まれ。宮城県拠点。その土地の食文化や植物の利用法を学ぶためにさまざまな土地を訪ね、出会った人々とのやりとりや自身の体験をなぞり、その土地で受け継がれてきたものを記録するように絵画を制作している。それらの作品は、単なる植物画にとどまらず、土地に長く伝わる知恵や知識に着目し、現代社会で失われつつある人と自然との共生や、人間以外の生き物に対する視点、生命の循環、あるいは女性の労働など、きわめて現代的な問題意識を内包している。そしてその色彩豊かで生命力にあふれる絵画作品を通じ、浅野はこの豊かな世界を祝福している。

【旅を楽しむためのワンポイント】
旅先では地元のおばあちゃんをナンパするのがおススメです(笑)。私は民宿や古くからやっている居酒屋さんが好きで、そうした場所で地元の人と話すようにしています。その時々の出会いを大切にして、昔ながらの話を聞くことでただ訪れただけではわからないその土地の文化や歴史を感じることができます。

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