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別府「七日一巡り」【前篇】
別府「七日一巡り」【後篇】

大分県・別府温泉郷、鉄輪温泉から車で約5分。今年3月、小倉地区に新たなコンセプトの湯治宿「七日一巡り(なのかひとめぐり)」がオープンした。
湯治宿というと、年季の入った建物や共同トイレなど、どこか不便でハードルが高いという印象があるかもしれない。しかしこの宿は、快適な生活に慣れた現代人に寄り添いながら、「温泉」「食」「運動」の3つの要素を組み合わせた“異日常”の温泉リトリートを提案する。
なんとなく不調……は、温泉に入るとどう変わる?

「七日一巡り」。ちょっと変わった名前の宿である。「どういう意味なのだろう?」と調べる人がいるかもしれない。そのネーミングからして、「湯治文化を今に伝えたい」と願うオーナーの思いを感じる。
由来は、江戸時代の儒学者であり本草学者の貝原益軒が、健康で長生きするための秘訣を記した『養生訓』の「洗浴」の項目で、「湯治は七日一廻りで、二廻り、三廻りすると良い」という一節から。
今でこそ、温泉宿といえば1泊で出かける人が多いが、30~40年前までは1~2週間、長逗留する湯治文化が各地で見られた。そんな湯治の健康効果を現代人にも体感してほしいと、今風のアレンジを加えたのがこの宿だ。
本来、『養生訓』で説かれた「一巡り」とは7日間だが、忙しい現代人が日程を確保するのはなかなか難しい。そこで、この宿は基本の滞在を最低2泊と設定している。
この宿が2泊をスタンダードにするのは、「まちとリズムがシンクロするには最低でも2泊は必要」と考えたからだ。客室数6室の趣ある和風旅館をリノベーションして、トイレ、洗面所など最低限の水回りは室内に設置し、快適性を高めた。

「七日一巡り」には、かつて自身も温泉に助けられた経験を持つ“温泉LOVER”なスタッフが集結している。だから、「温泉で体を治す」湯治にはどんな効果があり、2泊の滞在で体にどのような変化がもたらされるのかをスタッフ皆が熱く語ってくれるのだ。
まずは到着と同時に、今の自分の健康状態を把握する「計測+カウンセリング」を受ける。和室で待っていたのは看護師の草野有美(ゆうみ)さん。病棟と外来で勤務していた看護師さんが、この宿のコンセプトに賛同し、合流したそう。温泉医学に基づく正しい温泉の入り方を伝えるため、温泉利用指導者の資格も取得したという。
事前のアンケートの結果を見ながら、まずは指先の脈拍から血流のスピードを測定する。この検査では、血管年齢や自律神経のバランスがわかるらしい。次に、唾液を採ってストレスの度合いをチェック。さらに、血圧、体の柔軟性などを測定した。

「温泉宿に出かけて行くと元気になる」と感じるけれど、こういった形で計測をしている宿はほとんどないので、自分の健康状態を可視化できるのはおもしろい。
到着時の私の肉体疲労度は「67」。この日は朝から移動していたから「少しお疲れ」で「交感神経優位」だった。健康度も100点満点中「74点」。この点数は自分で認識している体調ともリンクしていた。
腰の痛みが気になるという私に、「別府には10種類に分類される泉質のうち7つがありますが、硫黄泉や塩化物泉は特におすすめです」とのアドバイスも。
さらに、「お湯の中での運動もいいですよ。『七日一巡り』の温泉は塩化物泉。熱が逃げにくく、よく温まります。鉄輪に行くなら『鬼石の湯』、明礬に行くなら『みょうばん・湯の里』に行ってみてくださいね」と行くべき温泉のリストアップまでしてくれた。
ホテルにはコンシェルジュデスクがあるが、その温泉版のような感じか。温泉コンシェルジュが滞在中の過ごし方をレクチャーしてくれるのは心強い。

2025.10.05(日)
文・撮影=野添ちかこ