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トガシに重ねた、自身が感じる孤独とプレッシャー

――迫ってくるような息遣いなども、本当にリアルですごかったです。実際のアフレコの現場はどんな雰囲気でしたか?

 とにかくリアリティを追求する現場でした。原作の「生」感あるシーンをアニメーションに引き継ぐことを大事にしていました。制作陣は、足にマイクをつけて実際に雨のなかをスパイクで走って録音したそうです。風をきって入る感じ、疾走感がすごくないですか? 僕たちも実際に陸上選手から息遣いをディレクションしていただいたんです。

 それに、トガシが今までやってきたことに対しての後悔の感情があふれるシーンがあるんですけど、そこでは実際に床に手をついて演技して、マイクを極限まで下げてもらって録音したり。監督が「セリフ通りじゃなくていいから、感情のままにやってほしい、どれくらい時間がかかってもいい」と言っていただけていたので、すごくやりやすかったです。

――トガシというキャラクターに対して、共感できる心理みたいなものはありましたか?

 彼は生まれつき足が速く、天才としてもてはやされる存在。でもやがて壁にぶつかり、挫折し、再び立ち上がる。その過程での孤独感にはすごく共感しました。

 役者も現場では作品を作り上げるために多くの方々と関わって協力するんですが、作品が終わればまた一人になる孤独な仕事なので。その苦しみや大変さは誰にもわからないし、誰かに伝えるものでもないという状況も、似ているのかなと思います。

――期待からのプレッシャー、重圧というものも大きいですよね。

 特にトガシは、小さいころから足が速くて期待されていたので、ベースがトップというのは、つらいと思います。そこから落ちる恐怖は計り知れないものがあるんだろうなというのは、原作や台本を読んでも感じました。

 ただ、だからこそトガシが感じている孤独感は大事にしなくちゃいけないし、孤独を抱えながら走るからこそ、解放される瞬間があるということも、しっかり表現したいなと思っていました。

――松坂さんご自身、期待やプレッシャーとはどう向き合っていますか?

 すごく難しいです。期待されなければ仕事はないし、でも期待されすぎても苦しい。その狭間で常に自分と戦っているというか、自問自答ですね。期待されている、よし頑張ろう! と心から思える日もあれば、ネガティブな考え方が入り込んできてしまう日もある。そういう自分と向き合いきれない自分もいるし、軌道修正しようとする自分もいます。

 毎回思うのは、自分の敵ってだいたい“自分”なんだな、と。だから僕の場合は、すべてを抱えながらやっていくしかないと思っています。期待も不安もごまかさない。怖がっている自分も、楽しもうとしている自分も、全部を共存させながら前に進む。そうすることで自分らしくいられるのかなと思います。

松坂桃李(まつざか・とおり)

1988年、神奈川県生まれ。2009年に俳優としてデビュー。『孤狼の血』で第42回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、『新聞記者』で第43回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。さらに『孤狼の血 LEVEL2』、『流浪の月』で第45回と第46回の日本アカデミー賞優秀主演男優賞をそれぞれ受賞。近年の主な出演作にドラマ『御上先生』や、映画『父と僕の終わらない歌』、『パディントン 消えた黄金郷の秘密』※声の出演、『フロントライン』がある。また、2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』で主演を務める。

劇場アニメ『ひゃくえむ。』

監督:岩井澤健治
原作:魚豊『ひゃくえむ。』(講談社「マガジンポケット」所載)
出演:松坂桃李、染谷将太/笠間淳、高橋李依、田中有紀/種﨑敦美、悠木碧/内田雄馬、内山昂輝、津田健次郎
配給:ポニーキャニオン/アスミック・エース
©魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会
2025年9月19日(金) 全国公開
公式サイト https://hyakuemu-anime.com/

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2025.09.18(木)
文=晴山香織
撮影=平松市聖
ヘアメイク=AZUMA(M-rep by MONDO artist-group)
スタイリスト=猪塚慶太