この記事の連載
松坂桃李さんインタビュー【前篇】
松坂桃李さんインタビュー【後篇】

映画『孤狼の血』(2018年)で第42回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞し、翌年には『新聞記者』(2019年)で第43回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。連続での受賞が話題になった後に、幅広い作品に出演。ドラマでは多彩な役柄を演じ分け、常に活躍の場を広げている彼が今回取り組んだのは、漫画原作の劇場アニメ『ひゃくえむ。』の主人公・トガシの声。たった10秒の100mのレースに人生を懸けるスプリンターの姿に、自らの俳優としての生き方を重ね合わせたと語ります。孤独や期待にどう向き合うか、また、向き合うからこそ生まれる覚悟についてお話を聞きました。
一瞬の輝きのためなら、「人生をくれてやれ」という覚悟

――まず、完成したアニメをご覧になった感想を教えてください。
もう、大興奮でした。しばらくアドレナリンが出っ放しでした。陸上経験は学校の体育祭くらいしかないのに、なぜこんなに心を打たれるんだろう、と不思議に思うほどです。
そこはやっぱり、原作者の魚豊さんのメッセージ性の強さがあるからこそだと思います。登場人物たちの言葉や走る姿に哲学が込められていて、競技の経験がなくても自然と感情移入してしまうんじゃないかな、と。境遇や職種を問わずに多くの方に共感を得ることができる、すごい作品だと感じています。
――作中では、それぞれの登場人物が印象的なセリフを語るシーンが多く登場します。先ほどおっしゃっていた哲学的な言葉もたくさんあったと思うのですが、印象に残っているものはなんですか?
悩むところですが、「栄光を前に対価を差し出さなきゃならない時、ちっぽけな細胞の寄せ集め1人の人生なんてくれてやれ」という財津の言葉です。
スプリンターならではの言葉かと思うのですが、いや、それだけではないよな、と。自分が今取り組んでいることや、これから挑戦しようと思っていることにも当てはまると思うんです。この言葉でやる気が出るというか、鼓舞されるようなメッセージが込められている気がして。
――松坂さんご自身も励まされたりしますか?
そうですね。役者業にも重なるので。役作りに何カ月もかけて、ときには練習もして、現場ではリハーサルやテストを重ねて、たった数秒の本番に本物になれればいいと思ってやっています。その瞬間にかけている。ちょっとおおげさかもしれないですが、その一瞬の輝きのためなら、人生をくれてやれという覚悟にはすごく共感するし、そこに至るまでの気持ちにも胸を打たれます。

監督の「用意、スタート」から「カット」までのほんの数秒が、まさに100m走のスタートからゴールまでと同じかもしれません。そこはリンクさせて読んでいました。
――最初にお話しされていたように、どんな環境の人もどこかしらに当てはまるものがあって共感できるのかもしれませんね。さらに、臨場感のすごさも、作品に入り込める要素だと思いました。
そうなんです。「自分も走れるんじゃないか」と錯覚してしまうような臨場感がある。僕自身も観ながらそんな気持ちになりました(笑)。そのリアリティが作品の魅力だと思います。
2025.09.18(木)
文=晴山香織
撮影=平松市聖
ヘアメイク=AZUMA(M-rep by MONDO artist-group)
スタイリスト=猪塚慶太